フィリップカンパニー
『――てことだ。どうするアガット?』
新型の義手を装備し終えたあたしは、青葉の報告を聞いて頭を悩ませていた。覚悟はしていたが、今回の仕事はやはり面倒なことになりそうだ。何度も遠回りをしながら、徐々に近づいていくしかない。
『はぁ……面倒だがフィリップカンパニーについてはあたしが調べる。お前と和佳菜は周辺を探れ』
ま、今回に関してはまだ全然働いていないわけだし、このくらいはやってやろう。でないと弟子たちに示しが付かないからな。
『わかった。気を付けてな』
『そっちこそ。和佳菜は嫁入り前なんだ、傷をつけるなよ』
『肝に銘じておく』
青葉との通話を切り、あたしはアジトの二階――物置へと移動する。様々な機械や常温で保存できる加工食品なんかが山のように積んであり、今地震でも起きようものなら、確実に一時間は生き埋めになるだろう。
密林を進む兵士のような気持ちで、その中を進軍していく。壁際に置かれた古いコンソールに寝っ転がり、ネットと自分を接続する。
『ルーベン、フィリップカンパニーに関する情報を集めてくれ』
『了解しました』
低い男性の声があたしの電脳に響く。電脳化してからずっと付き合っているサポートAIだ。ルーベンという名前の由来は好きな俳優から。
『――集まったデータはこちらです』
『ああ、助かる』
AIが集めたデータに、あたしはささっと目を通す。会社で販売しているアンドロイドのセールスポイントだとか、社長の挨拶だとか――そういった誰にでも閲覧可能な情報のみだ。大きな不祥事を起こしたということもなく、事件の手がかりはなさそうだ。
もしかしたら、過去にも同じようなことがあるかとも考えたが、それもなかった。それだけこの会社のアンドロイドは、セキュリティーがしっかりしているということだろう。今回の犯人がこの会社の関係者という、青葉の読みは正しいかもしれない。
『やっぱり潜るしかないか……ルーベン、ハックツールを起動。フィリップカンパニーにハックを仕掛ける』
『了解しました。ハックツールを起動します』
時間もないので、さっさとハックに入る。しかし今回の相手はアンドロイドの製作会社……つまりまっとうな『企業』だ。当然、チンピラの電脳にハックを仕掛けるのとはが違う。
相手が企業となると、防壁を『破る』のではなく『くぐり抜ける』必要もある。ウイルスで穴を開けて、そこからデータを抽出する――なんて方法が使えれば楽なんだが、そうするとこっちの尻尾がつかまれる可能性だってある。
相手は裏社会の組織ではないため、警察に頼ることだってできる。もしハックを仕掛けたのがあたしだとバレたら、捕まるのはこっちだ。
『侵入していることを気づかれずに、すべての防壁をやり過ごし社内のデータを盗む。しかも無線で――いけると思うか?』
『フィリップカンパニーのセキュリティーレベルから推測される成功確率は、2パーセント以下です』
相変わらず正直なAIだこと。そういう風に設定したのはあたしだが。
『――もしこれが青葉だったら成功確率はどのくらいだ?』
『正確な数字は出せませんが、20~40パーセントの間ではないかと推測されます』
『あたしの十倍以上か……』
正直、あいつのハック能力は異常だ。本人が言うにはインストールされているオンリーワンAIのおかげだと言うが……それにしても度が過ぎている。速度、正確さ、隠密性、どれをとっても、これまで見てきたどのハッカーよりも優れている。
『……フィリップカンパニーの住所をよこせ。車で移動する』
部下に嫉妬するのはやめておこう。みっともない。
あたしは自分にできることをやる。変に考えすぎるのは性に合わない。
その後、コンソールから抜け出し、アジトの近くに止めてあるオートマチック車に乗り込む。住所を打ち込めば、あとは眠っていても送り届けてくれる。
「さ、久しぶりの潜入だ。気張って行こうじゃないの」
あたしは車内で工学迷彩を起動させ、新しい右手が空気にとけ込むかを確かめた。
フィリップカンパニーの近くにあった駐車場に車を停めて、工学迷彩を起動させたまま外へと降りた。当然、周囲に人が居ないことは確認済みだ。
『でっかいなーおい。祈崎ドーム何個分だ?』
目的の会社は、巨大な豆腐のような、飾り気のない真っ白な建物だった。近くに住宅は一切見あたらず、広い道路とぽつぽつと立っている街路樹だけが自己主張していた。これだけ巨大な建造物だからこそ、土地代の関係でこんな辺鄙なところに建てたのだろう。
『フィリップカンパニーは、アンドロイドの製造工場と、注文受付などを行う事務所が一緒になっているためだと思われます』
『なるほど、大半は工場部分か。――ま、今回狙うのは事務所だな。さっさと入ろう』
こういった潜入は珍しくない。対象は様々だが、何度も経験しているし今さらまごつくこともない。さくっと入って、さくっと盗んで、さくっと逃げよう。
『ルーベン、社内の見取り図を』
ネットに転がっていた簡単な見取り図を網膜内に表示させる。こうしてみるとやはり大きい。ドーム二個分くらいの広さはありそうだ。
『側面に緊急用の通路があるな。そこから入ろう』
足音を立てないように目的の扉まで移動する。扉は当然ながらロックされており、誰でもは入れない。
見たところ、扉は簡単な電子ロックだ。そこまで厳重というわけでもない。外から内に入るには、扉に備え付けられたタッチパネルに、社員証をかざす必要があるようだ。ここから事務所に通話をかけることもできるらしい。
『この程度なら無線でも平気だろう、ハックツールを起動してくれ』
『了解しました』
最新のハックツール(セキュリティーソフトが常に最新のバージョンをアップデートするように、ハック側も常に最新バージョンのハックツールを要する)を起動させ、目の前の電子ロックを解除にかかる。
『――終わった……』
およそ八分の時間を使い、扉をクローズからオープンへ。
聴覚を強化し、扉の向こうに誰も居ないことを確かめてから、ゆっくりと中へ侵入する。
ライトグレーの床に、純白の壁面。蛍光灯が等間隔に並び、廊下を照らしていた。
足音を立てないように気を付けながら廊下を進む。途中で社員と思しきスーツ姿の男女とすれ違ったりしたが、工学迷彩が働いているため気づかれることはなかった。
社内に入り込んでから二分で事務所前に到着。ちょうど中から誰か出てくるところだったので、そのまま身体を滑り込ませて侵入した。
工学迷彩を駆使しての潜入任務は、基本的に自分で扉を開けることができないので苦労する。透明人間が扉を開けていいのは、周りに人が居ないときだけだ。
『さ、さっさとやるか』
事務所では二十人ほどの人間が、書類を整理したりコンピュータと繋がっていたりと、様々な仕事を行っていた。ちらほらと、自社製と思われるアンドロイドもお茶くみなんかの雑用を行っていた。
特に怪しい点もなく、至って健全な会社だ。ゴミ箱に注射器が捨てられているということもなかった。
事務所内の平均年齢は意外に若く、髪の毛が後退しているようなおじさんは二人ほどだ。
『ええと……これだな』
あたしは右手の人差し指をDケーブルに変形させ、メインと思われる大型のコンピュータに有線接続をした。工学迷彩を起動しているとはいえ、これだけの人数だ。いつ気づかれてもおかしくはない。逸る気持ちを抑えつつ、一つ一つ防壁をくぐり抜ける。
『社員リストが手に入れば、犯人の目星が付くかもしれないな……まずはそれを探すか』
一度潜入がバレた場所に、再び潜入するのは限りなく難しい。今回で成功させなければならないという使命感が、あたしのハック精度を高めていく。
『マスター、室内で加湿器が作動しました。工学迷彩の視認度が高まる可能性があります』
『わかった。すぐに終わらせる』
AIの指摘通り、工学迷彩の視認度が僅かながら上昇した。まだ肉眼でバレるような領域ではないが、このまま湿度が上がればわからないな。
『何度やっても、この緊張感は嫌なもんだ』
複数の防壁に心の中で舌打ちをしながらも、すべてをやり過ごし社内のデータベースにアクセス。アンドロイドの製作工程などの情報は省き、必要と思われるデータを電脳へコピーする。
『――よし、コピー完了。視認度は……マズイ、かなり上がっているな』
そろそろ目のいい人間なら、違和感を覚えるレベルまで到達していた。
『ずらかるぞ。ルーベン、今手に入れたデータを青葉と和佳菜の二人に送れ』
サポートAIにそう指示を送りながら、あたしは来た道を逆走し、フィリップカンパニーを脱出した。




