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サイバークオリア ――人工知能はアイを得るか――  作者: 黒河純
第三章 アンドロイドは青空を見て何を想うのか
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コンソールカフェ

そんなわけで、アンドロイドが逃げ込んだ地区で聞き込みをしたが、


「ダメだな」


 結果は空振り。ここら一帯はあまり人が居ないことも相まって、目撃情報はなかった。整備されていない悪路を歩き回ったというのに、収穫がないのではやってられない。

「事件が起きてからかなり時間が経っていますし、もうこの付近に犯人が潜んでいるかも怪しくなってきましたね……そろそろ、別のアプローチを考えた方がいいかもしれません」

 和佳菜の言う通りだろう。このままこの付近を探っても、時間を浪費するだけに終わりそうだ。


「そうだな……。一度戻るか?」

「はい」

 二人揃ってそう諦めかけたとき、


『マスター! 背後から敵襲!』


 狙い澄ましたかのようなタイミングで、鋭く尖ったソフィアの声が脳内で響く。それが咄嗟とっさに俺を動かした。瞬時に頭を切り換え、全身に力を入れる。

「ちぃ! こんなときに!」

 俺は背後を振り返りつつ和佳菜の前に出る。強盗か何かだろうと迫り来る相手を見据えたところで、既視感を覚えた。


 俺たちに向かって走って来るのは女性……その彼女を知ってる。彼女が走っている姿を見たことがある――動画の中で何度も。繰り返し。


「アンドロイド!?」

 型番・SV5700のアンドロイドが、機械(マシン)らしい無表情で俺たちに接近してきた。

「な、なんでこんなときに!?」

「考えるのはあとだ! 下がってろ和佳菜、すぐに終わらせる!」


 俺も敵に向けて進み出し、距離が加速度的に近づく。周囲の景色は意識せず、迫り来るアンドロイドの一挙一動だけを認識する。

『マスター、一応アンドロイドの電脳にハックを仕掛けるけど、防壁が多くて無線では難しいと思うわ。ソフト的な解決より、ハード的な解決をお願い』

 ようするに、物理的に止めろということだ。


 人間では考えられない駆動音を響かせながら、アンドロイドが俺に殴りかかる。見た目が女でも中身は全身義体(サイボーグ)と同じだ。全力を出せばコンクリートに穴を開けることだって可能だろう。


 後ろに下がることで拳を避ける――が、その動きさえも見越したように、続けてハイキックが俺の頭部を狙う。アンドロイド相手では呼吸を読むことができず、攻撃のタイミングがつかみにくい。


「くそっ」

 とっさに身を低くし、攻撃をやり過ごす。そのまま相手の腰に向かって体当たり。硬い感触を確かめる間もなく、後方へ吹き飛ばす。


『戦術プログラムが組み込まれているっぽいわね。ボクシングの世界チャンプが相手だと思った方がいいわよ』

「嬉しすぎて泣けてきた」


 体勢を立て直したアンドロイドが再び突貫。純粋な力勝負では勝ち目はない。(から)め手で攻めるしかないな。

 再び繰り出される拳を、身体を横にして避ける。それと同時に突き出された手首をつかみ、右腕の関節部分に膝蹴りを叩き込む。

 以前アガットに教えてもらった『全身義体(サイボーグ)と戦うときは関節を狙え』というアドバイスを実践してみたわけだが――アンドロイドでも成功したようだ。


 生卵を力一杯握りつぶしたような感触を膝に感じながら、アンドロイドの右腕が破壊できたことをしっかりと視認する。コードでかろうじて繋がってはいるが、もう動かすことはできないだろう。


 今度はすぐさまアンドロイドの左腕を押さえつけ、地面に押し倒す。

「和佳菜! 有線でハックしろ!」

「は、はい!」

 和佳菜が駆け寄り、Dケーブルでアンドロイドと有線接続を開始。激しく暴れるアンドロイドを全体重で押さえ込む。右腕を機能停止にしていたので、何とか力で拮抗できてはいる。


「…………とりあえず、停止できました」


 数分後、俺の下敷きになっていたアンドロイドは、電池の切れたおもちゃのように沈黙を保ち始めた。


「ふぅ」

 動かないアンドロイドが、まるで血を流す死体のような幻視が起きる。急に気味が悪くなり、熱された鉄板に触れたときのようにすぐさま体を離した。昔から、人形の怪談話が絶えない理由が少しわかった。


「……お疲れさん、和佳菜。助かった」

「青葉さんこそ、ありがとうございました。――それより、これ見てください」

 和佳菜から祈崎市のとある住所が送られてきた。すぐさま網膜内で確認するが、行ったこともない住所だ。

「この住所は?」

「ここからほど近いコンソールカフェの住所です。どうやら、そこからこのアンドロイドを動かしていたようです」

「逆探知できたのか!?」

 機能停止だけでも骨の折れる作業だろうに、同時に犯人の居場所まで和佳菜はつかんでいたらしい。なかなか将来有望なハッカーだ。

「ぎりぎりでしたがなんとか。今すぐ向かえば犯人がまだ居るかもしれません」

「よし、急ぐぞ!」


 GPSを起動させ、目的の住所を入力。宙に浮かぶホログラムの矢印が目の前に現れ、最短距離での案内を開始する。

 その矢印に従い、俺と和佳菜は走り出す。その間に警察へと連絡して、機能停止したアンドロイドをどうにかするようにお願いしておいた。何か文句を言いたげだったため、一方的に通話を終わらせたのだが……まあ平気だろう。


「ここを右に曲がって……この店だな」

 走ることおよそ五分。目的のコンソールカフェに到着。そろってすぐさま中に入る。

 店内は薄暗く、入口の目の前には小さな受け付けカウンターと、その上部に料金表のホログラム。左手には大量のコンソールが並び、まるで死体安置所のようだ。壁一面には、賞状のようにネットゲームのポスターが並んでいた。

 コンソールルームの奥には、ドリンクバーとシャワールームもあるらしい。短い間なら、ここに滞在することも可能そうだ。


「和佳菜、番号はわかるか?」

「103です」

「よし、すぐに行こう」

 カフェの従業員に使用料金を払い、コンソールの使用キーをもらう。空いているところならどこを利用しても構わないようだ。真っ先に103号のコンソールを覗くが、そこはすでに無人。でかでかと『使用禁止』の文字が掲示され、アップルパイみたいな形をした掃除ロボットが内部を掃除していた。


「やっぱりもう居なかったですね……」

「――いや、ちょっと待て……ロボットが掃除しているってことは、ついさっきまで犯人はここに居たんだよな?」

「? まあ、そうなりますね」

 犯人はここであのアンドロイドを操り、俺たちを襲わせた。俺たちは金目の物なんて一切持ち合わせていないので、ただの偶然ではなく、嗅ぎ回っていたのがバレたのだろう。

 和佳菜がアンドロイドをハックし、逆探知されたことを知った犯人は、慌ててここから立ち去った……という筋書きだろう。


「……お仕事中すまん、ちょっと借りるぞ」

 俺は熱心に仕事をしていたアップルパイを外へ放り出し、コンソールの内部へ寝っ転がる。

「青葉さん!? もしかして、犯人の痕跡を探るつもりですか?」

「そうだ。まだ手がかりが残っているかもしれない。少し待っててくれ」

 俺はベッドの横にあるスライド式の扉を下ろし、密閉空間を作り出す。

 枕元から延びているDケーブルを自らの人間型接続子(ヒューマン・ジャック)に接続し、広大なネットの海へとダイブした。


 ◆ ◆ ◆


 コンソール――生命維持装置の完備された大型コンピュータ。基本的には横になれるベッド型が主流。カプセルのような見た目になっており、一般的なタイプは、最大48時間ネットにアクセスしたままでも生存可能。ネットゲームの大規模な大会があるときや、処理能力の助力が必要な場合に使われることが多い。

 温度と湿度は常に一定に保たれ、ナノマシンによって食事と排泄を不必要とする。高級なものになれば、微細な空気振動を活用して身体の汚れを取り除くことも可能である。

 元々コンソールとはコンピュータの制御卓のことだが、今ではこちらの意味で使われることが多い。


 ◆ ◆ ◆


『さあ仕事だソフィア。何か犯人の手がかりになることがあればサルベージしてくれ』

『はぁ……』

『? どうした? 体調でも悪いのか?』

 AIが体調を崩すわけもないのだが、これほど人間くさいならそういったこともあり得るのではないかと、本気で考えてしまった。

『なんでもないわよ。ただ、人使いの荒いマスターにインストールされたAIは大変だなぁ――と、同情していただけ』

『……悪かったよ。いつも感謝してる』

『あとでケーキをプレゼントして頂戴。生クリームたっぷりでね』

 プレゼントしてもどうせ喰えないだろお前。


『さ、バカな話している間に見つけたわよ。――マスター、これを見て。このコンソールの使用履歴よ』

『お、ぎりぎり残っていたか』

 当然だが、客がコンソールをどのように使ったかという個人情報は、店を出てから削除される。たぶんあのロボットが掃除とデータの削除を行うはずだったのだろう。あと一分でも遅かったらアウトだったかもしれないな。


『犯人、このコンソールからこれまでに四回もアンドロイドに指示を送っている。しかも、全部同じ型番のアンドロイド』

『同じ型番?』

『そう。SVシリーズ。一回目は民間人が利用していたSV4900を操っているわね。そして二回目がSV5600。これも一般家庭にお手伝いとして購入されたアンドロイドね。……そして三回目が、今回の引ったくりで使われたSV5700。引ったくりが起きたのはここでしょうね。で、最後の四回目が――』

『――ついさっき……俺と和佳菜を襲ったときか』

『そういうこと。つまり犯人は、ここから四回指示を出し、合計三体のアンドロイドを操っていた。しかもその三体はすべて同じ型番であるSVシリーズ』

 ここまでくると偶然とは思えないな。引ったくりの前に送った二回の指令は、SVシリーズが言うことを聞くかどうかのテストだったのかもしれない。


『……ソフィア、アンドロイドの防壁ってそう簡単に突破できるものじゃないよな?』

『当然。人間の電脳と同じか、それ以上のセキュリティーで守られているわ。コンソールを使ってとはいえ、無線で易々とハックできるものじゃないわよ』

『だよな……。操っていたのがすべて同じ種類のアンドロイドだと考えると……もしかして……』


『ええ。もしかすると、犯人はSVシリーズの制作元――フィリップカンパニーの社員か、元社員の可能性が高いわ』

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