表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイバークオリア ――人工知能はアイを得るか――  作者: 黒河純
第三章 アンドロイドは青空を見て何を想うのか
21/47

十字架のネックレス

 会議の結果、今回は俺と和佳菜のペアで動き回ることとなった。特に深い意味はなく、アガットは新しい義手を装備してから動き出す予定のようで、先に探ってこいとのお達しだ。

 事件の起きた六番通りを歩きつつ、屋台で買ったミートパイを頬張る。


「んぐ……動画を見る限り、女形のアンドロイドだな」

 事件の起きた六番通りを歩きつつ、屋台で買ったミートパイを頬張る俺。変な物が混じっていないことを祈ろう。

「型番はSV5700か……」

 動画を網膜内で再生しながら、アンドロイドについての情報を集める。アンドロイドには額とうなじと腹部に型番をプリントする義務がある。今回は機械型接続子(マシン・ジャック)の下にあるうなじの型番がうまいこと視界に収まっていたようなので、とても助かる。ちなみに、額なんて目立つ場所に型番をプリントするのは『人間と見間違えないように』という理由があるらしい。それほど最近のアンドロイドは、精巧に作られているということだ。


「事件が起きたのはこの付近ですね……分かれて探します?」

「いや、一緒に居よう。また操られたアンドロイドが襲ってくるかもしれないしな」

「わかりました。頼りにしてますね」

「頼まれた。――しかし、どうする……型番はわかっているし、そこから辿れないか? SV5700のアンドロイドがどこに居るのか、みたいに」

「すべてのアンドロイドにGPSが搭載されているわけではないですし、まして今回は犯罪に使用されたアンドロイドです。ご丁寧に位置情報を探れるようにはしないでしょう。――前みたいに、監視カメラにハックするのはどうですか?」

「ま、それが早そうだな。――しかし和佳菜、平然と犯罪を進めてくるんだなお前。少し意外だ」

 便利屋アガットで、唯一の良心である和佳菜でさえこの調子だ。そうでもしないと、ここでは生きていくことすらできないという証明だろう。まるで弱肉強食のサバンナだ。


「あはは……あの師匠の下で何年も修行を積めばこうもなります。悪用するわけではないので、大目に見てほしいところですね」

「それもそうだな。――てことだソフィア」

『はいはい。わかってるわよ。足跡付けないように、ここら一帯の監視カメラをチェックするわ。マスター、時間短縮の為に監視ネットワークに有線で接続できるポイントを探して』

『はいよ』 

 

 俺は視覚を強化しつつ、周囲をぐるりと見回して――さっそく見つけた。

 とある雑貨屋の店内にある端末機。まるで虫のように壁へ張り付いているそいつは、有名な警備会社のロゴがこっそりと入っている。ここら一帯のカメラとも繋がっているだろう。

 恐らく、あの雑貨屋は警備会社の隠れ(みの)だな。何かあったときにすぐ駆けつけられるよう、色々なところに拠点を作ることは珍しくない。祈崎市では、警察も警備会社もヤクザだって同じ手を使う。


「和佳菜、あの雑貨屋に入る。俺がハックするから店員の気を引いてくれ」

「わかりました」

 手口が完全に万引き犯だな。先ほどの和佳菜ではないが、悪用するわけではないので大目に見てもらおう。

『ソフィア、接続したら可及的速やかに防壁をくぐり抜けろ。動画データをコピーするには時間がかかりすぎるから、アクセス権限を奪取してくれ。そのあとで、堂々と動画を確認しよう』

『了解』


 和佳菜と小さく頷き合って、俺たちは店内へ。嗅いだことのない花の香りと、ごちゃごちゃとした空間が俺たちを出迎えた。機械的な物はほとんどなく、どちらかと言うと民族的な店だった。ミサンガなどの小物から、トーテムポールのように大きな商品もある。壁に飾られた鹿の(はく)(せい)が、番人のようにこちらを見下ろしていた。

「ここに来るお客さんは、精霊にお祈りとかしそうですね」

「槍持ってハンティングもな」

 数世紀前の異国に飛ばされたような気分だ。


「いらっしゃいませー」

 出迎えたのは中年の女性店員だった。カジュアルな服装に、じゃらじゃらとやかましい音を立てているアクセサリー。なんらかの機械(マシン)を使っているんじゃないかと疑いたくなる高い声が特徴的だ。


「若いお客様なんて久しぶり。嬉しくなってしまいますわ。で、本日はどのような物をお探しに?」

「あの……今日、お母さんの誕生日なので、贈り物として何か可愛らしい小物を探しているんですが……」

 ふむ、そういう設定で行くのか。意外と演技派だな和佳菜。

「なるほどなるほど。ではこちらへ」

 人より二つ以上はトーンが高い女性店員に連れられ、和佳菜は軽快に店内を見て回る。あちらは任せて、俺は俺の仕事をしよう。

「それじゃあお兄ちゃん、わたしは少し見て回るから。お兄ちゃんも適当に店内見ていて」

「へ? ……ああ……わかった。俺はセンスないから、母さんへのプレゼント選びは任せるよ」

 苦笑いをしつつ、急にできた妹に手を振る。店員の視界が俺から外れたことを確認し、素早く端末まで移動する。

『それじゃあ行くわよお兄ちゃん』

『黙れポンコツ』


 体で端末機を隠しながらDケーブルを取り出し、有線で接続する。店員は――よし、和佳菜がうまいこと視界を遮るように立っているため、こちらには気づかないだろう。

 不気味な笑みを浮かべるウサギの人形とにらめっこをしながら、いつも通りソフィアにハックを頼む。


『行けそうか?』

『うーん……さすがは警備会社、なかなか防壁の種類が多くて骨が折れるわね』

『どのくらいかかる?』

『有線とはいえすぐには無理ね。全力でやってるから待ってなさい』

『いつもすまんな』

『そう思うなら、もう少し待遇の改善を要求するわ。――はい、オッケー。もう大丈夫よ』

 警備会社の厳重なセキュリティーは三分ほどでハック完了だった。相変わらず早い。

『この店の中にも、いくつか隠しカメラがあったわ。どうするマスター?』

『警備会社の隠れ(みの)だし、あって当然か……俺がこっそりとハックしている様子が写っていたら、適当に加工して誤魔化しておいてくれ』

『了解』


 あとのことはソフィアに任せ、話し込んでいる和佳菜と店員の元まで歩いて行く。

「どうだ和佳菜? 決まったか?」

 何食わぬ顔で声をかけ、和佳菜にハックが終わった事を伝える。俺も大概、悪事に向いているのかもな。便利屋をクビになったら、怪盗とかやるのも悪くない。熱心に追いかけてくる刑事とかが居れば真剣に検討しよう。

「あ、お兄ちゃん。実はこれにしようと思うの」

 和佳菜が指さしたのは、ライトブルーの宝石で作られた十字架のネックレスだった。値段は……三千ゴールドか。そんなに高いわけでもないな。

「うん。可愛くていいんじゃないか? それじゃあ店員さん、これを」

「はい」

 商品をラッピングしてもらい、俺は店員にゴールドを支払う。商品を本当に買うのは、勝手にハックしたせめてものお詫びとしておこう。


『すみません青葉さん。あとでお金はお渡ししますので』

『俺だっていつまでも金欠じゃないんだよ。このくらい気にするなって』

 表情をまるで変えることなく通話を終え、ラッピングを終えたネックレスを受け取る。

 笑顔の店員に見送られながら、俺と和佳菜は雑貨屋をあとにした。あの店員も、まさかこんな短時間でセキュリティーを掌握されたとは、(つゆ)ほども疑っていないだろう。


「俺はこれから動画のチェックの入る。……ほら、これ」

 少しぶっきらぼうになりながらも、俺は先ほど購入したネックレスを和佳菜に手渡す。

「? あの……これは?」

「実は普通にほしかったんだろ? これは兄からのプレゼントだ。捨てるのももったいないし、アガットよりはお前の方がよく似合う。だから素直に受け取れ。もちろん金もいらないからな」

 (ろう)(ばい)する和佳菜の顔が、次第に赤くなっていく。喜んでもらえた……と考えていいだろうか。


「あ……ありがとうございます青葉さん……付けてみてもいいですか?」

「もちろん」

 和佳菜が後ろを向き、プレゼントの封を開ける。その間に俺は動画のチェックに入ろう。

『さ、動画を確かめるぞ。監視カメラにアクセスしてくれ』

『もうやってるわよマスター。なんだかんだ、赤穂和佳菜と仲いいのね』

『まあ、特に嫌う要素のない女の子だしな……なんだ、嫉妬か?』

『なわけないでしょ。――ほら、これが事件時の映像ね』


 目の前でホログラムウィンドウが展開し、引ったくりが起きた瞬間の動画が再生された。斜め上から撮られた映像で、女型のアンドロイドが男性の手荷物を素早く奪い、走り去る様が記録されていた。

『今居る六番通りを北に走り抜けているわね……映像を切り替えるわ』

 今度はアンドロイドが走り去ったあとに、どこへ進んでいるかの動画が再生される。その後も次々に動画が切り替わり、逃げたアンドロイドを映像で追跡する。

『――ここまでね』

 アンドロイドが監視カメラの届かない路地裏に逃げ込み、追跡はそこで終了となった。


『この路地裏の先は?』

『宿泊施設なんかが密集している地区になってるわ。ここから先は正直あまり整備されていない地区なのよ。だから監視カメラでの追跡も不可能ね』

『わかった。まずはそこへ行ってみよう』


 とりあえずの方針を固め終わったところで、ネックレスを付け終えた和佳菜がこちらに振り返る。

「あの……どうでしょう青葉さん?」

 後ろで手を組み、はにかんだ笑いで俺の言葉を待つ少女。なかなかに愛くるしい。

「おお、いいじゃないか。似合ってるぞ」

 胸元で揺れる青い十字。まるで十年以上身につけているかのように、違和感は感じなかった。これまでより少しだけ大人っぽく見える。

 和佳菜くらいの年齢なら、こういったアクセサリーや化粧なんかに、もっと興味を持っていい年頃だろう。機会があれば、化粧道具をプレゼントするのも悪くないかもしれない。


「えへへ……どうもです。――それでどうでした?」

「ある程度は絞れた。付いてきてくれ」


 嬉しそうに破顔する和佳菜と共に、次の目的地へ向けて走り出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ