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サイバークオリア ――人工知能はアイを得るか――  作者: 黒河純
第三章 アンドロイドは青空を見て何を想うのか
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アンドロイドによる引ったくり事件

 手荷物でいっぱいのところを(ぞく)に襲われるようなこともなく、俺たちは無事にアジトへ到着した。

 買い込んだ食料やら部品やらを、もう限界とばかりに床へおろす。


「あー、疲れた」

 肩をグルグルと回し、俺はソファーに腰を下ろす。接着剤でも()()してあったのかと疑いたくなるほど、動く気が起きない。


「お疲れさん。全部買えたか?」

 呑気に煙草を楽しんでいた愛煙家の全身義体(サイボーグ)が、俺と和佳菜を出迎える。一応は『誰も居ないと客が来たときに困るから』という至極まっとうな理由でアジトに残ったアガットだったが、完全に楽がしたかっただけだろう。

「師匠が希望した品はすべて揃いましたよ。あ、これ新しい義手です」

 いつも通りにこにこしながら、献身的な少女は購入した義手を手渡す。優しすぎて将来詐欺とかに引っかからないか心配だ。


「ありがとな二人とも。これ試してみたかったんだよ」

 新しいおもちゃをサンタからもらった子供みたいに、アガットは箱の封を乱暴にはがす。

「その右手、なんかすごいのか?」

 俺は暇だったことも手伝って、ソファーに寄生しながらそんなことを尋ねた。一応は同じ仕事をする仲間だし、どんな機能を備えているのかを把握しておいて損はないだろう。

「おう。実はこれな、人差し指がDケーブルの代わりになるんだよ」

「は? なんだその独特(ユニーク)な義体は?」

「Dケーブルが手のひらに内蔵されてて、指示(コマンド)を送ると指からケーブルに早変わりって寸法らしい。あたしが今使っている戦闘用に比べると耐久度は落ちるが、すぐに有線接続できるのは便利だろ?」

 まあ確かに、俺みたいにいちいちポケットからDケーブルを引っ張り出すのは少し面倒だ。戦闘中に有線ハックを仕掛けるときなんかは重宝しそうな義体だな。


「これを少し改造して、今後はそれを常用するつもりだ。んじゃ早速――」

 アガットが箱を開けようと手を伸ばすが、


「アガットさん! 事件です、助けてください!」


 アジトに乱入してきた男性によって、動きを止めざるを得なかった。

「お客さんですね。どうぞこちらへ」

 接客に一番慣れている和佳菜が、男性に声をかける。さすがに俺も体を起こして、話を聞く体勢をとる。


「……で、なんの用件だよ」

 新しい義手を装着できなかったためだろうが、アガットが露骨に不機嫌さを醸し出す。帰れと言明してはいないが、視線がそう言っている。和佳菜が居ないと客一人も来ないだろうなここ。

「はい、あの……今から三十分ほど前に、六番通りで引ったくりに遭いまして……」

「引ったくりな。了解。犯人の特徴を教えろ。すぐに捕まえてくる」

 祈崎市での引ったくりは、ポイ捨ての次に頻発しているとの噂だ。もちろん確実なデータを取ったわけではないだろうが、それほど珍しくもない事件と言うことだ。俺が来てからも同じ依頼は何件かあった。

「それがですね……犯人はアンドロイドなんですよ」




「アンドロイド……」

 和佳菜がぽつりともらしたそのつぶやきは、俺だけに届いたようだった。彼女の方を盗み見ると、つらそうにうつむいていた。何か言葉をかけるべきかとも思ったが、客の前だ、控えておこう。


『……ソフィア、アンドロイドが人間の荷物を引ったくるなんてありえないよな?』

『もちろん。アンドロイドは人間を傷つけられないわ。ロボット三原則なんてカビの生えた理論があるしね。例え、アンドロイドの主人が「あの女の鞄を奪え」と命令しても、それに応じることはできない』

『だよな。てことは――』


「誰かがアンドロイドを操っていたってことか。これまた面倒な事件だ」


 アガットが今回の事件をそう結論付けた。当然ここにいる全員が同じ解答に至っただろう。

 アンドロイドはAIを(もと)に動作する。腕を動かすのも、しゃべる内容もAIからの指示だ。つまり、アンドロイドに搭載されているAIさえコントロール下に置いてしまえば、従順な操り人形の完成となる。これはアガットのような全身義体(サイボーグ)にも同じことが言える。

 俺や和佳菜のような生身の人間がハックを受けた場合、電脳の情報を奪われるか、視界を操られるか、脳を焼き切られるかの三択だ。アンドロイドと全身義体(サイボーグ)がハックを受けた場合は、加えて身体のコントロールすべてが効かなくなるのでやっかいだ。考えたくもないが、アガットがハックされた場合、あの全身凶器が俺と和佳菜に襲いかかってくる可能性だってある。


 詰まるところ今回の事件は、引ったくり犯(アンドロイド)を捕まえても意味はなく、その裏にいる真犯人を見つけ出さなければならない案件となる。手間と時間がかかる可能性が高いと言えるだろう。

「……どうするんですか師匠? この依頼、受けますか?」

「うーん……面倒そうだが、金はないしな。――ちなみに、報酬はどの程度用意できる?」

「奪われたものは、質屋に持って行こうとしていた宝石です。かなりの額になるでしょう。すべてを取り戻していただければ……そうですね、三十万ゴールドでいかがでしょう?」


「――アンドロイドの特徴を教えろ」


 金に汚い我が上司の回答は、当然イエスだった。

「アンドロイドかぁ……」

 元気なさげなため息が和佳菜からもれた。これまでの会話から考えるに、あまりアンドロイドと敵対したくはないのだろう。例えそれが、人間の操り人形だとしても。

「これがアンドロイドの動画です。引ったくられた瞬間から、視覚情報を電脳に保存していたんです。後ろ姿だけですが、大丈夫でしょうか?」

「どれどれ。――ああ、問題ない。よく撮れてる。何か進展があったらこっちから連絡するから、電脳アドレスを送ってくれ」 

「わかりました」


 その後、アガットに依頼主の電脳アドレスが送られ、俺と和佳菜の電脳にも被害時の動画と電脳アドレスが送られてきた。


「さ、今日はアンドロイドとの鬼ごっこだ」


 依頼主がアジトを出ていき、今回の会議が始まった。

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