傷ついた全身義体
ようやく真っ白な世界から抜け出した俺を待っていたのは、まるで世紀末のような凄惨たる光景だった。
「ドレックのやつら、焦土作戦でも行ったのか?」
硝煙とうめき声が空間を埋め尽くし、壁や床には至る所に弾痕が刻まれている。数多くの機械からは煙が吹き出し、正常に動作している物は一つとしてない。無数の血痕も、これでもかと床を汚している。
『今地上に上がってきたが……これ全部一人でやったのか?』
『まあな。それより早くこっちに来い。入り口から見て右奥、青いシーツの上に居る』
『わかったよ。なんか、今日はいつにも増してわがままだな。俺が居なくて寂しかったのか?』
『そんなところだ』
珍しくしおらしいアガットに疑問を抱きつつも、俺は指示された場所へ向かう。倒れ伏した人間を踏まないように歩くのが、少しだけ嫌だった。
「おーい、アガッ……ト?」
彼女の姿を視界にとらえた瞬間、俺の思考は一度停止した。
そこに居るアガットが、あまりにも人間離れしていたからだ。
「遅いぞ青葉。もう少しでスクラップになるところだったじゃねーか」
へらへらといつも通りに笑う彼女には――右腕がなかった。
「……どうした、それ?」
よく観察すると、彼女の全身は酷い有様だ。右腕は肘から下がちぎれており、切断面からチューブと金属骨格がむき出しになっていた。脚と腹部にも無数の弾痕があり、人工筋肉を突き破り、内部の機械が顔を覗かせている。身につけていたダークグリーンの軍服も、衝突事故を起こした車のようにボロボロだ。全身義体でなければ確実に死んでいただろう。
「いやぁ、情けない話だが、光学迷彩を過信しすぎた。民間軍事会社の連中が混じっていたらしい。さすがに多勢に無勢だったな」
傷ついているからか、アガットにいつもの気丈さはなかった。まるで失恋したばかりの思春期の少女みたいに、哀感を漂わせるだけだった。
「……すまん。俺がもう少し早く戻っていれば……」
「いいさ。相手を軽視しすぎたあたしの落ち度だ。それより、問題のデータは入手できたんだろ? それで十分だ。和佳菜にはさっき警察を呼ぶように指示しておいた。……青葉、すまんがあたしを背負って車まで戻ってくれ。警察が来てからの対処はお前に任せる」
さすがに、こんなにも憔悴したアガットを警察に引き合わせるのは気が引ける。あまり好きではないが、今回は俺が警察とおしゃべりすることにしよう。
「わかった、俺の方でうまくやっておく。貸し一つだからな」
「面倒なやつに貸しを作ったもんだ……。まあいい。今日だけは少し休ませてもらうさ」
「それがいい。――さ、特別にお姫様だっこしてやるよ。左手は動くだろ? 俺の首に手を回せ」
「うへー、年下の坊主にお姫様だっこされるとは思わなかったぞ畜生」
「照れるなよ義体女。……痛くないのか?」
「痛覚はとっくに遮断している。痛くはないが、やはり喪失感はあるな。早いとこ直してもらおう」
「そうだな……それがいい」
俺はいつもより軽くなったアガットを抱き上げ、その場を立ち去った。




