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サイバークオリア ――人工知能はアイを得るか――  作者: 黒河純
第二章 ナノマシンの境界線
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傷ついた全身義体

 ようやく真っ白な世界から抜け出した俺を待っていたのは、まるで世紀末のような凄惨たる光景だった。

「ドレックのやつら、焦土作戦でも行ったのか?」

 硝煙とうめき声が空間を埋め尽くし、壁や床には至る所に弾痕が刻まれている。数多くの機械からは煙が吹き出し、正常に動作している物は一つとしてない。無数の血痕も、これでもかと床を汚している。


『今地上に上がってきたが……これ全部一人でやったのか?』

『まあな。それより早くこっちに来い。入り口から見て右奥、青いシーツの上に居る』

『わかったよ。なんか、今日はいつにも増してわがままだな。俺が居なくて寂しかったのか?』

『そんなところだ』


 珍しくしおらしいアガットに疑問を抱きつつも、俺は指示された場所へ向かう。倒れ伏した人間を踏まないように歩くのが、少しだけ嫌だった。

「おーい、アガッ……ト?」

 彼女の姿を視界にとらえた瞬間、俺の思考は一度停止した。


 そこに居るアガットが、あまりにも人間離れしていたからだ。


「遅いぞ青葉。もう少しでスクラップになるところだったじゃねーか」

 へらへらといつも通りに笑う彼女には――右腕がなかった。


「……どうした、それ?」

 よく観察すると、彼女の全身は酷い有様だ。右腕は肘から下がちぎれており、切断面からチューブと金属骨格がむき出しになっていた。脚と腹部にも無数の弾痕があり、人工筋肉を突き破り、内部の機械(マシン)が顔を覗かせている。身につけていたダークグリーンの軍服も、衝突事故を起こした車のようにボロボロだ。全身義体(サイボーグ)でなければ確実に死んでいただろう。


「いやぁ、情けない話だが、光学迷彩を過信しすぎた。民間軍事会社(PMC)の連中が混じっていたらしい。さすがに多勢に無勢だったな」

 傷ついているからか、アガットにいつもの気丈さはなかった。まるで失恋したばかりの思春期の少女(ティーンエイジャー)みたいに、哀感を漂わせるだけだった。


「……すまん。俺がもう少し早く戻っていれば……」

「いいさ。相手を軽視しすぎたあたしの落ち度だ。それより、問題のデータは入手できたんだろ? それで十分だ。和佳菜にはさっき警察を呼ぶように指示しておいた。……青葉、すまんがあたしを背負って車まで戻ってくれ。警察が来てからの対処はお前に任せる」

 さすがに、こんなにも(しょう(すい)したアガットを警察に引き合わせるのは気が引ける。あまり好きではないが、今回は俺が警察とおしゃべりすることにしよう。


「わかった、俺の方でうまくやっておく。貸し一つだからな」

「面倒なやつに貸しを作ったもんだ……。まあいい。今日だけは少し休ませてもらうさ」

「それがいい。――さ、特別にお姫様だっこしてやるよ。左手は動くだろ? 俺の首に手を回せ」

「うへー、年下の坊主にお姫様だっこされるとは思わなかったぞ畜生」

「照れるなよ義体女。……痛くないのか?」

「痛覚はとっくに遮断している。痛くはないが、やはり喪失感はあるな。早いとこ直してもらおう」

「そうだな……それがいい」


 俺はいつもより軽くなったアガットを抱き上げ、その場を立ち去った。

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