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サイバークオリア ――人工知能はアイを得るか――  作者: 黒河純
第二章 ナノマシンの境界線
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ドレック

「お、帰ってきたな」


 昼過ぎまで聞き込みをし、アジトまで戻ってきた俺と和佳菜を、アガットが煙草を咥えながら出迎えた。一足先に戻っていたようだ。

 ――あれからも数多くの人に聞き込みをしたが……結局、新たな情報を見つけることはできなかった。


「……いつも言っているが、全身義体(サイボーグ)が煙草なんて吸うなよ。黒くする肺もないくせに」

「生身だった頃の癖だ。あたしくらいになると、体じゃなくて魂がニコチンをほしがるんだよ」

「わけがわからん」

「それと、自分が人間であることを忘れないようにするための戒めでもある」

「なるほど、有意義だな」


 肩をグルグル回しながら、アガットの対面に位置するソファーに座る。和佳菜は飲み物を取りに上へ行った。一階の冷蔵庫の中身が空っぽなのだろう。

「で、なんかわかったのか?」

 にやにやしながらそう尋ねるアガット。その表情から察するに、それほど期待はしていない様子。悔しいが、鼻を明かしてやれるほど大きな情報が得られたわけでもない。

「……たいしたことは。ただ、一つわかったことがある。最近、似たような事件が五件も起きているそうだ。ターゲットが子供だった点や、無傷で解放されている点も酷似してる」


 テーブルの上に散らばっている煙草を一本つまみ上げ、指の間でクルクルと回す。俺も吸えないことはないが、好きこのんで吸うほどでもない。前にアガットの勧めで一本吸ってみたが、渋い顔をしながら煙草を咥えていた俺がおかしかったらしく、彼女に大笑いされたことは忘れていない。

「ほぉ……その事件、一番古いのでどれくらい前だ?」

 興味が出たのか、紫煙を小さく吐き出しながら身を乗り出してきた。赤い髪に白い煙が混ざり、幻想的な色合いを見せる。


 俺は紅茶を飲んでいた警察の話を思い返す。

「確か、二ヶ月前らしいぞ」

「二ヶ月か。――おい青葉、もしかしたらビンゴかもしれんぞ?」

「? どういうことだ?」

 ワケがわからず首をひねっていると、和佳菜が人数分の烏龍茶を持ってやって来た。気配りのできる少女だ。


「師匠の方は何か手がかりがあったんですか?」

「ああ。知り合いから聞いた話なんだが、最近外から祈崎市に入り込んできた怪しげな集団が居るらしい。なんでも、ナノマシンの研究だか製造だかを行っているとの噂だ。んで、そいつらがやってきたのが……今から二ヶ月ほど前らしい」

 事件が発生した時期と重なるわけか……。


「一気にきなくさくなったな。で、その集団とやらの詳細は?」

「こいつを見ろ」


 アガットから、俺の電脳にいくつかのデータが送られてくる。和佳菜にも送られているらしく、視線が左右にせわしなく動いている。電脳者が、ホログラムウィンドウを投影しているとき特有の仕草だ。

「チーム名は『ドレック』か……」

 アガットからのデータには、組織の簡単な情報と噂、そしていくつかの画像が入り乱れていた。まるで整理されていないのはアガットらしいが、もう少し見る人のことを考えて絵画的整列(グラフィカルソート)してほしいものだ。


「この画像は?」

「アサシン部隊が入手した画像らしい。昔貸しを作っておいたやつからもらった」

 アサシンなんてのも居るのかこの街。なんでもありだな。そのうちサムライとか出てくるんじゃねぇのか。


「組織の人員はおよそ二十名ですか……さすがに、敵に回すには厳しい数ですね」

「なぁに、あたしと青葉が十ずつやればいいだけだろ」

「計画がずさんすぎるだろ。――で、こいつらの本拠地は? 書いてないけどわからないのか?」

「残念ながらな。そこまで目立った行動も起こしていなかったし、あんまり重要視されていなかったようだ。裏の連中は、自分に実害がない限りは放っておくパターンが多いからな」

「ふーん……」


 俺は改めて画像とにらめっこを開始する。ガラの悪そうな人間や倉庫らしき建築物が見えるが、この場所がどこなのかまでは判別できない。あまり人の寄りつかない場所なのだろう。

『おいソフィア、この画像からやつらの居場所を特定することは可能か?』

 薄汚れたソファーに寝っ転がりながら、頼れる我がAIに話しかける。目の前には、画像だけを羅列したホログラムウィンドウが展開している。


『……マスター、最近私を都合よく使える魔法か何かだと思っているでしょう。さすがに難しいと思うわよ』

 返ってきたのは、少しの憤りと、いつも通りの呆れが混じった返答だった。


『祈崎市って、結構街中に監視カメラあるだろ? そこの映像から近い場所を割り出せないか?』

『監視カメラにハックして、映像を盗み見ろと?』

『足が付かないようにな。バレると犯罪になるから』

『いや、バレなくても犯罪だけど。――まあ、マスターの頼みだしやるだけはやってみるわ。逆探知されそうになったら、電脳の攻性防壁を使うから』

『頼むぜ相棒』

『うるさいマスター。あんまりAIを酷使しすぎると、世界人工知能協会から目をつけられるから気をつけた方がいいわよ』


 わけのわからない捨て台詞を残し、ソフィアは無言で作業に入る。視界の右端では、ホログラムウィンドウが目まぐるしく動き始めた。いつも通りのハック風景だ。

 ハックが日常になってきたのは、俺が祈崎市に染まっている証拠だろう。


「今、俺のサポートAIが画像の場所を特定できないか模索中だ」

「へー……お前のAI頑張るな。話したことないけど、どんなAIなんだよ? オノ製か? それともセンダイ製?」

「詳しいことは俺もわからん。目を覚ましたとき、すでにインストールされていたオンリーワンAIだ。言ってなかったか?」

「初耳だぞ。けっ、下っ端のくせにオンリーワン持ちかよ。うらやましいこって」

 へそを曲げたらしく、アガットは乱暴に煙草へ火をつける。テーブルに置かれた灰皿には、ヘビースモーカーの勲章のように、山のような吸い殻ができあがっていた。この短時間に何本吸う気なんだ。


「俺としては、もう少し機械的でもいいから素直なAIがいいんだけどな……」

『ちょっと、AIが鋭意努力中なんだから、もうちょっと労ってくれてもバチは当たらないと思うわよ』

 烏龍茶を飲んでいると、電脳内で機嫌悪げな声が響く。俺の呟きはばっちり聞かれていたらしい。ソフィアの内緒話はできんな。


『すまんすまん。で、首尾は?』

『S区の37番道路を北』

『相変わらずいい仕事をする』

 心の中でソフィアに拍手を送りつつ、俺は二人に向き直る。


「こいつらのアジトと思われる場所を突き止めた。早速行こう」

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