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プロローグ

近未来SFをスタートします。

もう書き終わっているので、これからどんどん投稿していく予定です。


2016/08/19 追記

すべて投稿終わりました。エピローグまで投稿してあるので、よろしければ評価・感想お願いします。




『いい加減起きなさいよ』


 深い眠りを中断させたのは、聞き覚えのない女の声だった。

 音として耳から入ってくる声ではない。まるでテレパシーのように、脳へと直接話しかけてくる声。そのことに違和感を感じ、俺は心地よい微睡みを手放した。


「……なんだよ」


 鉛のように重たい目蓋をこすりながら、上半身を起こす。()(ろん)な頭に油を差したい欲求を感じながら、徐々に意識のアクセルを踏む。


「……?」


 まず感じたのは、肉体が受け止めた違和感。そして脳内で発生する疑問――地面がやけに固く冷たい。俺は鉄板の上で寝ていたのか?


 記憶を掘り起こそうとするも、どうにも昨夜のことがぼやけてしまう。記憶領域が鉄のベールにでも守られている気分だ。


「……うぅ」


 さらに意識を加速させ、覚醒と言えるレベルまで押し上げる。ぼんやりとした世界が明確な境界線を持ち始め、ピンぼけした景色が急速に鮮明な主張する。周囲の光(人工的ではない。恐らくは陽光だろう)を、瞳が痛いほど取り入れる。

 自己と世界の境目を認識。外部の情報を目から収集し、脳が内容を分析し始める。


「どこだよ……ここ」


 まず驚いたのは、俺の寝ていた場所が見ず知らずの場所だったこと。(ひと)()のない工場みたいな場所だ。風化している鉄骨や建築資材、大型のコンテナなんかが遠目に見える。異臭はしないが、廃棄場か何かのようだ。最近人が出入りした形跡は見当たらない。

 床は温もりと柔らかさとは無縁のアスファルト。古くにできたと思われる無数の傷が、唯一の装飾だと言わんばかりに走っている。


 俺の頭上に屋根はなく、隣に壁があるわけでもない。要するに、屋外で寝ていたことになるな。


「…………」


 周囲をうかがいながら、ゆっくりと立ち上がる。体に異常はなく、どこかを怪我しているわけでもない。喉に渇きを覚えるが問題はないだろう。

 自分の服装は、カーゴパンツにゆったりとした厚手のシャツ。さらに膝下まである黒いコート。どれも真新しい。

『ようやくお目覚めね。しっかりしてよマスター』

「……誰だ?」


 内耳神経が刺激され、脳内で先ほどと同じ声が響く。俺は周囲を見渡すが、誰かが居る気配は微塵もない。ということは、

「声の響き方からして……人工知能(AI)か……俺の電脳の中に居るんだな?」

『正解。あなたのサポートAIよ。よろしくマスター』

 電脳化済み――かつ、特に異常はないようだ。ここがどこなのかは未だにわからないが、電脳が生きているのならまだ希望はある。地獄に垂らされた蜘蛛くもの糸といったところか。


「よろしくAI。お前はずいぶんと人間的なんだな。型番は?」

 姿の見えない脳内の同居人に話しかける。例えAIとはいえ、このうち捨てられた空虚な空間で一人じゃないのはありがたい。

 電脳に異常がないこともわかり、俺は少しずつ混乱を落ち着けていく。


『失礼ね。型番なんてないわよ。私はオンリーワンAIだもの』

「オンリーワンAIって……新車が買えるほど高価じゃなかったか? なんでそんなものが俺の電脳に?」

『知らないわよ。私だって、つい数分前に初めて起動したばかりなんだし。……マスターが購入したからじゃないの?』

 そんな記憶はないのだが……まあいい。


「あー……とりあえずお前は俺のサポートAIってことでいいんだよな? だったら最初の仕事を頼みたい」

 少し人間くさくて偉そうなのが気にかかるが、AIとしてサポートはしっかり行ってくれるだろう。なんせ他にはない(オンリーワン)人工知能(AI)だ。


『了解。なんでも言って。私は尽くす女よ』

「そうか。それじゃあお願いなんだが――」

 改めて状況を確認する。俺はどこかもわからない廃棄場で、正体不明のAIを電脳に居候させている。


「――自分自身の記憶がないんだ。悪いがプロフィールを見せてくれ」


 しかも、俺自身は記憶喪失というおまけ付きだ。


 ◆ ◆ ◆


 電脳――ナノマシンを埋め込み、ネットワークとの通信を可能にした脳。『思考を外部とやりとりする』『自分の視覚情報を相手に投影させる』『ネットワーク経由での情報の検索』『ネットや他の電脳から入手したデータの保管』など様々なことが可能。

 自らの脳内にコンピュータが存在するようなイメージだと説明すれば、非電脳者にも伝わりやすい。

 神経電子工学ニューロエレクトロニクスの終着点と言われている。


 AI――学習・推論・判断と言った人間の知能をコンピュータで模倣したシステムやプログラム。人工知能。ロボットや電脳に組み込まれることが多い。電脳化している人間は、単純な作業を簡略化するために、サポートAIをインストールしている者がほとんどである。


 ◆ ◆ ◆


『これがマスターのプロフィールだけど……穴あきチーズみたいにすっかすかね。あるのは名前と年齢くらいよ』


 そう前置きしてから、AIは俺の目の前にホログラムウィンドウを展開する。自分の網膜に投影されたものなので、他人には見えないし、俺からは薄いホログラムが宙に浮いているように見える。パソコンのモニター、もしくはブラウザウィンドウのようなものだ。


「……これが俺のプロフィール?」

『そうよ?』

 だから何、とでも言いたげなAI。しかしこれは……あまりにも酷いな。


「名前は(ろく)(どう)(あお)()。年齢は19。所持金が700ゴールド」

 自分の情報と所持金の少なさに泣けてくる。


「六道青葉ねぇ……」

 プロフィールに書かれた文字を呟き、頭の中でリフレインさせる。自分の名前らしいが、どうにもピンとこない。年齢を詐称していなければ、二十年近くこの名前を名乗っていたはずなのだが……。


「……何も思い出せない」


 自分自身に関する記憶だけが綺麗さっぱり抜け落ちている。電脳の扱い方などはある程度理解しているし、確証はないが一般常識も問題ないはずだ。現にAIとの会話は成立している。もしこの国の歴史を説明しろと言われれば、作文用紙五枚は埋められる。

 古くから小説や映画で数多く扱われていた記憶喪失――全生活史健忘というやつか……。まさか自分がなるとは思ってもみなかったが。


「はぁ……これからどうしよう」


 ここにあるのは、役目を終えた過去の遺産と乾いた空気だけ。このままだと野垂れ死ぬことは避けられないだろう。幸い、電脳が生きているのならまだ打つ手はある。自分のことを思い出せないのはむず痒いが、まずは生きることを第一目標にしなければ。


「警察……は、ダメか」

 俺自身のプロフィールに国籍が表示されていない以上、待っているのは保護という名の逮捕だ。どこの警察が駆けつけて来るのかはわからないが、不法入国者に間違えられて、一生豚箱という可能性もある。ケツの穴を守りながら生きるのは、楽しい人生とは言えそうもない。


「AI、俺の電脳にGPSは搭載されているか?」

『ちょっと待って――ええ、あるわよ。現在位置を確認するの?』

「頼む。……知っている土地だといいんだが」

 ここには店も公共施設もない。ある程度人の居る街まで行かないと、どうにもならないだろう。小学生の小遣い程度の金しか持ち合わせていない今の俺に、できることは限りなく少ないが。


「ま、ここよりはマシか。仙人じゃあるまいし、(かすみ)を喰って生きていく能力もないしな」

 一人ごちていると、仕事を終わらせたAIが俺に声をかけてくる。


『――現在位置がわかったわよ。西の大陸の南端。バルックスタンという場所ね』

 今度は世界地図のホログラムウィンドウが浮かび上がり、俺の現在位置であろう場所が赤く点滅している。

 バルックスタン……聞いたこともない土地だ。単純に元々知らなかったのか、俺の記憶と共に忘却されたのか……その判断をつけることすら今はできない。


「とりあえず、ここから一番近くて、ある程度住人の居る街はどこだ?」

『そうね……二十キロほど北東に行けば、()(ざき)市という街があるわよ。こんな感じの場所ね』

 地図がかき消え、代わりに現れた大型のホログラムウィンドウには、祈崎市の内部風景と思われる画像がいくつか並べられている。ネットから拾ってきてくれたのだろう。さすがはオンリーワン、いい気配りだ。

「……あまり綺麗とは言えない土地だな」

 俺は正直に、見たままの感想を述べる。

 表示された画像は、スラムの日常を切り取ったようだった。当然ここよりは幾分マシだが、路地裏の画像には浮浪者や産業廃棄物なんかが散見される。ある程度整備された施設なんかもあるようだが、街全体としてはごちゃごちゃとした印象が残る。


『祈崎市は都心部から結構離れているもの、仕方ないわ。それに、お金のないマスターにとっては、祈崎市は逆に住みやすいかもしれないわよ。ホームレスの扱いには慣れてそうじゃない、この街』

「主人に向かってホームレスとは言うじゃないか。――それで、祈崎市の電脳率は?」

『七割程度ね。まだ電脳化できない子供なんかを除けば、九割を越えるわ』

 それだけの割合があるなら、電脳者が不自由するような街ではないだろう。このご時世、何をするにも電脳化しておいた方が便利なのは確かだ。


「このままここに居ても(らち)があかないし、さっそく行ってみよう。――ところでAI、お前に名前はないのか? 話をするときにこのままだと不便だ」

 再度体に不調がないかを確認しながら、俺は電脳内のAIにそう訪ねた。

『名前? 特にないわ。好きなように呼んで構わないわよ』

 相変わらず偉そうな態度のAIだ。ま、人間味あふれていた方が、俺としても心細くないから別にいいか。

「名前ねぇ……それじゃあ……SGなんてどうだ?」

『SG? 何のイニシャル?』

(スクラツプ)(ガール)


『却下よ』


 好きなように呼んで構わないんじゃなかったのかよ。


「文句の多い人工知能だな。それじゃあ――ソフィアなんてどうだ?」

 名前なんて呼んでいればそのうち慣れるだろうと、『ソフトウェア』を(もじ)った適当な名前を提案する。これでも気に入らなければ、ペットの名前ランキングをネットで調べて、そこから頂戴しよう。

『ソフィア……ソフィアね……ソフィア……』

 噛み締めるように、与えられた名前を俺の脳内で繰り返す。

『……ま、いいんじゃない。そこそこ気に入ったわ』

 上から目線のお許しが出たところで、サポートAIの名前が決定した。

「それじゃあ、お前は今日からソフィアだ。改めてよろしく」

『よろしくマスター。できる限りサポートするわ』

 

 というわけで、記憶を失った俺と唯我独尊なAI・ソフィアの二人旅が始まった。


 ◆ ◆ ◆


 クオリア――「赤く見える感じ」「ドキドキする感じ」「ズキズキ痛む感じ」といった個々人の感覚のこと。意識体験の具体的な内容。

 人間のみが持ち合わせ、人工知能は得ることがない。

 都市伝説ではあるが、AIが「知能」を超えて「知性」を収得し、クオリアが発生することがあるという。

 AIが会得したクオリアをサイバークオリアと呼ぶ。


 ◆ ◆ ◆


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