09:デミアント達のお家騒動(3)
なんと大きな……これが、ハクデミアントの女王……。
私達デミアントには無い威厳のようなものを感じます。
お嫁さんも、いつかこんな風に……。
『身構えずとも良い。デミアントの女王に対して、我々が何かするということは無いよ』
『は、はあ……』
思わずその巨体に気圧されてしまいましたが、この女王は思った以上に穏健派のようです。
それにしても……。
『なぜ……このような地下に……?』
『先祖代々我らはこの地で暮らしてきたのじゃ。しかし、極寒となったこの地で生きる為には空洞内に移り住むしか方法が無かったのじゃよ』
『なるほど、それで……』
『この地には闇の魔王が封じられておった。それを求めやってきた人間の男が禁術の封印を解き放ち、あっという間にここを死の大地に変えてしまったのじゃ』
闇の魔王……!? では、リズ達はここへ……。
『魔王が復活し、闇の瘴気に当てられた我らハクデミアントは、愚かにもここで魔王に近付く冒険者達を排除する魔王の駒として利用されていた。だが、その魔王も滅び、この地も死の大地では無くなったのじゃ』
『そのようですね。外は緑で溢れていましたし……地上へは戻られないのですか?』
『……出られんのじゃ……』
『……はい?』
『兵達に、地上への道を開通させたのじゃが……わらわの体がでかすぎて出られなかったのじゃ……』
なんとまあ……それで、この方達はハクデミアントであるにもかかわらず地下へ住まざるを得なくなってしまったのですね。
◆◇◆◇
ハクデミアントの女王に、お土産として持参した高原の枝の束を渡しました。
『これはありがたい。兵達も喜ぶだろうよ。ところで、デミアントの女王よ。こんな遠くまで来たのは何か用事があったのではないのか?』
『ああ、忘れるところでした。いえ、忘れてはいませんけど……あなたのご息女のことで、お話が有りまして……』
『わらわの娘……?』
『実は、うちの息子が、あなたのご息女と思われる方を花嫁として連れてきたのです』
『なんと……!? 行方不明になったと思っておったが、生きていたというのか……』
『ええ、北の大地から来たと言っていましたので間違いありません』
『生きておったのか……わらわの娘……。良かった……もう、死んでしまったと思っておった……』
ポロポロと涙をこぼすハクデミアントの女王。
子を想う親の心というのは、種族は関係ないのですね。
この方も、女王である以前に一匹の母親なのです。
それにしても、まさかとは思っていましたが花嫁さんは行方不明扱いになっていたのですね。
その事で、ハクデミアントの女王がどれほど心を痛めていたか心中お察しします……。
『ところで、そなた、先程うちの息子の花嫁とか言っておらんかったか?』
『ええ、まあ』
『どういうことじゃ? われらはたしかにデミアントの名を冠してはいるが……別モノじゃぞ?』
『そうなのですけどね……どうやら、息子が一目惚れしてしまったようでして……』
『なんと……?』
私はこれまでの経緯をハクデミアントの女王に話しました。
驚きつつも、最後までしっかりと話を聞いてくださったハクデミアントの女王。
しばらく沈黙が続きました。
『なるほど……。うむ……あいわかった』
『え……?』
『娘の結婚を認めたということじゃよ』
『え? でも、それではこちらの世継ぎが……』
『この地にハクデミアントは我らだけじゃが……世界を見れば、ハクデミアントなどいくらでもおる。そう考えたら、一つくらい種族にとらわれず結ばれたハクデミアントがいても別に良いのではないか』
『しかし……』
『わらわが構わぬと言っておるのじゃ。愛し合う二匹を祝福してやろうではないか』
そう言ったハクデミアントの女王は、驚くほど穏やかな表情でした。
種族という概念にとらわれていたのは、私の方だったのかもしれませんね。
二匹を祝福……私はどうやら母として、一番大事なその気持ちを忘れてしまっていたようです。
『ありがとうございます。ハクデミアントの女王……』
『一つだけ頼みがあるのじゃ。何年かかってもいい……一目でいいから、わらわの娘に会わせておくれ』
『わかりました。その約束、きっと叶えさせていただきます』
ハクデミアントの女王に別れを告げ、私は北の大地を飛び立ちました。
どうにかして、この土地へ花嫁さんを連れてくる方法を考えなくては。
息子はここへ来る予定だったようですので、もしかしたら何か考えが有るのかも知れません。
やはり二匹を祝福するなら、ハクデミアントの女王にも立ちあってもらいたいところです。
異種間婚……子孫は残せませんが、二匹が幸せならそれでいいとハクデミアントの女王はおっしゃいました。
私もその考えに賛同します。どうか、二匹がいつまでも幸せで居られますように。
魔物である私ですが、神に祈らせていただきました。
◇◆◇◆
さて、それから数日が過ぎました。
息子の考えでは、自分の羽根の力で花嫁さんを運ぶつもりだったとの事です。
大きなお腹の花嫁さんを、息子一匹で運ぶのは無理があるのでは……と思っていたら、なんと息子は花嫁さんを軽々と持ち上げて舞い上がりました。
よくよく聞いてみると、ここに来る時も息子が花嫁さんを運んで連れてきたのだそうです。
たしかにデミアントは力持ちではあるのですが……息子はデミアントの中でも稀にみる、力持ちさんだったのですね。
『では参りましょう、母上』
息子は意気揚々と飛び立ちました。
あの巨体の花嫁さんを、お姫様抱っこです。
知らない間に、息子はこんなにも立派に成長していたのですね。
━・━・
それからの事を、簡単に話しておきましょう。
北の大地に着いた私達は、ハクデミアント達を交えて息子夫婦の結婚式を行いました。
ハクデミアントの女王はそれはもう泣いて喜んで、二匹を祝福する宴は三日三晩続いたのです。
息子夫婦達は、エスカロ高原と北の大地のちょうど中間あたりに新居を構えることになりました。
子供達を残せない二匹ですが、そこで夫婦仲良く幸せに暮らして行くそうです。
私もハクデミアントの女王も、そんな二匹を温かく見守り続ける事にしました。
……
…………
………………
『神よ。お前はさっき何をやったのだ?』
『おや、エプリクス、見ていたのかい?』
天上界でタースの修行に付き合っていたエプリクスは、神の取った行動を訝しげな表情で見ていた。
『願い事をされたから、それを叶えてあげようと思ってね』
神は泉に映された地上を、優しい表情で見守っていた。
天から放たれた光は地上に降り注ぎ、大地を優しく包んだ。
『願い事って、誰の? リズ姉ちゃん?』
『いや、リズは別に願い事はしてないよ。あの子は幸せに暮らしているのだしね』
『じゃあ、いったい誰?』
『こやつのする事はまるでわからん。まあ、これでも一応神なのだし、悪い事は無いのだろう』
『一応って酷いなぁ……』
天上界から降り注いだ光が、果たして何をもたらしたのか────。
数ヵ月後、この世界にデミアントとハクデミアントの間に生まれた新たな種族が誕生したという。
お読みいただいて、ありがとうございました。
次回は、新章です。生き残った、とある魔族のお話になります。