07:デミアント達のお家騒動(1)
もうすぐですね────。
息子から、可愛い花嫁さんを見つけたので、連れて帰りますと連絡がありました。
末っ子で、一際小さかったあの子も、いよいよ、お父さんになるのですね。
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ここは、エスカロ高原にあるデミアントの住むコロニー。
僭越ながら、私はこのコロニーでデミアントの女王をやっております。
今日も、高原では働きアリ達が、一生懸命にお仕事をしています。
それはコロニーの拡張や修復だったり、高原を通る旅人の護衛だったり、様々です。
私が生まれたばかりの頃は、まさかこんな風に人間と共存していけるようになるだなんて思ってもいませんでした。
それもこれも、あの時リズと出会えたからに他なりませんね……。
そんな事を考えているうちに、コロニー内がざわつき始めたのがわかりました。
あの子が、花嫁さんとなる方を連れてやって来たのでしょう。
私も母として、あの子の選んだ相手を歓迎してあげなくてはいけません。
準備もすでにしてあります。
豪華なお食事も用意しましたし、今日は念入りに羽根と触覚をグルーミングしました。
さあ、私の息子は、どんな可愛い花嫁さんを連れて来てくれたのでしょう。
『母上、ただ今戻りました』
『お帰りなさい、私の息子。さあ、貴方の大切な可愛い花嫁さんを私に見せてください』
そして、何かを引き摺るような音が響いてきました。
花嫁さんと一緒に、何かお土産でも持ってきてくれたのでしょうか?
そんな私の期待は、別の意味で裏切られました。
『は、初めまして……お義母様……』
そこに居たのは……少し大きな下腹部を引き摺ったハクデミアントでした。
『母上、彼女が私の大切な婚約者です』
『……あ、はい』
『どうです? チャーミングでしょう』
『ええ……お腹がとってもチャーミングね……』
『色白で可愛いですし』
『ハクデミアントだもの……黒かったら問題だわ』
息子がまさか、異種族を連れてくるだなんて思ってもみませんでした。
デミアントとはいっても、ハクデミアントは姿は似ていても全く別の種族。
祖先も違えば、もちろん働きアリとなる子を為す事もできません。
ああ、でも本人達がそれで幸せなら……。
落ち着け……落ち着け私。
こんな事で取り乱していては、女王として失格ですよ。
『とりあえず、お食事もご用意してありますから、早速歓迎パーティーを行いましょう』
『ありがとうございます、お義母様!』
ハクデミアントの花嫁さんは、縦に裂けた口を広げて喜んでいました。
ちょっと不気味だけど……私の愛する息子が選んだ花嫁さんなんだもの。
母として、きちんともてなしてあげなくては……。
◆◇◆◇
『どうしたのです? 食べないのですか?』
花嫁さんは、用意された食事を前にして固まったままでした。
この日の為にせっかく用意させた、バッタのソテーが冷めてしまいますよ。
『あの……私、主食が木なもので……』
『あ、ああ……そうでしたね……』
『ごめんなさい……お義母様……』
花嫁さんは、申し訳なさそうに触覚を垂れていました。
いけない。このままでは、花嫁さんに辛い思いをさせてしまう。
木……木……何かありませんでしたっけ?
『私の座っていた椅子が木でした! これでも食べますか!?』
『そんな大切な物、いただけませんわ!』
花嫁さんに余計な気を遣わせてしまいました。
どうしたらいいのでしょう……困りました。
『母上、外に行けば木などいくらでもありますし、彼女に少し分けてもよろしいですか?』
『そういえばそうでしたね……私ったら、何をしているのでしょう……ごめんなさいね』
『そんな、お義母様……私の方こそ、せっかくご用意していただいたお食事を……』
『いいのですよ。さあ、それでは外でお食事でもしましょうか』
私達は、コロニーの外に出ました。
それにしても、ふと疑問に思ったのですけど、息子はどうやってあの花嫁さんをここまで連れてきたのでしょうね。
◇◆◇◆
花嫁さんは、おちょぼ口でむしゃむしゃと木を齧っていました。
とっても美味しそうに食べています。
『美味しいかい? エスカロ高原に生える木々は、食べた事無いけどきっと栄養もたっぷりだよ』
『そうなのですね。でも、この辺で大丈夫ですわ』
『遠慮せず、一本いってもいいんだよ』
『さすがにそこまでは……』
息子と花嫁さんは、とても幸せそうに会話をしていました。
二匹は本当に愛し合っているのですね。
私としては、二匹が幸せなら言う事はありません。
けど、ハクデミアントの方はどうなのでしょう?
あちらの女王は何と思っているのか……。
『息子よ。花嫁さんのお母様にはご挨拶されたのですか?』
『これから向かうところです、母上』
『花嫁さん、貴女には女王候補の姉妹はいますか?』
『それが……私しか女王候補はいないのです』
なんという事でしょう。
花嫁さんは、どうやらあちらの一人娘のようです。
息子と結婚する事で相手方のコロニーが滅んでしまうのは本意ではありません。
どうしたものでしょうね……困りました。
『私は花嫁さんのお母様に会おうと思います』
『お義母様、それは……』
『ハクデミアント側の意見を聞かなくては、この結婚を認めるわけにはいきません』
『母上!?』
私は心を鬼にする事にしました。
本当は、二匹を祝福したい。
花嫁さんも、見た目はちょっと怖いですけどとても可愛らしい方です。
でも、駄目なんです。
こちらの都合だけで事を進めては、ハクデミアント側に迷惑を掛けてしまいます。
それだけで済めばいいのですが、この事が原因で戦争に発展したりなどしたら目も当てられません。
あちらの女王と直に会って、一度話し合わなくてはいけないのです。
『早速、明朝にでも旅立ちましょう。貴女達は、高原のデミアント達に伝令を流して下さい』
私は近くに居た兵隊アリに指示を出し、明日の準備を整える事にしました。
『ところで花嫁さん、貴女はどちら出身のハクデミアントなのですか?』
『私は、北の大地出身です』
『北の大地!? 死の大地と呼ばれるあの……』
『今は、平和な緑溢れる大地ですよ』
花嫁さんはそう言うと、口を広げて微笑んでいます。
それにしても、北の大地……ここからはかなりの距離がありますね。長い旅になります。
久し振りに羽根と体力を全力で使う事になりそうです。
明日に備えて、しっかりと体力を付けておきましょう。
私はすっかり冷めてしまったバッタのソテーを頬張りました。
お読みいただいて、ありがとうございました。