05:メアリさんの恋事情(2)
宿舎に帰って、書状と睨めっこ。
うーん、ほんと色とりどり。
……もういいや。
明日考えよう。こういう時は寝るに限るね。
それにしても、リズちゃん、幸せそうだったな……。
『私としても、お前には幸せになってもらいたいと思ってるんだけどな』
ロデオさん……、大きなお世話です!
ディア様がいい相手見つかるまで、あたしも独身でいるなんて思ったりもしてたけど、よくよく考えたら、あたしこそ、いい相手が居なかったわけだ。
とんだ笑い話だよね。はぁ……笑えない。
エゴイ君か……。うん、あの人は何か違う。
恋愛対象って言うより弟って感じ。もうちょっと、頼りがいがあったら良いんだけどな。
頼りがいと言ったら、レドさん? いや、レドさんは歳離れ過ぎてるし、大酒飲みだし……。
そうだ、寝るんだったんだ。
でも、こんな事ばかり考えてたら、寝るに寝られないよ。
とりあえず、目を瞑ろう。そして、羊の数を数えるんだ。そうすれば寝られるはず。
羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹…………
………………
…………
……
◆◇◆◇
「おはようございます、メアリさん」
「……おはよー」
寝られなかった。
誰だよ、羊数えたら寝られるって言ってた人。
三百匹超えたところで、もう諦めたよ。
途中から『匹』じゃなくて『頭』なんじゃないの?って疑問が沸いちゃったし。
「大丈夫ですか? 体調悪そうですけど……」
「大丈夫、大丈夫。メアリさんは元気です」
心配そうに見てくるエゴイ君。
こう見えて、あたしは仕事に関しては勤勉なのだ。
隙を見てさぼったりはするけど、けっして休んだりはしない。
「今日はちょっと遠出しますけど、本当に大丈夫なんですか?」
「え? 遠出?」
「言ってませんでしたっけ? 谷の調査に行くんですよ」
「谷って、どこの谷?」
「アステアの南東にある谷です。街道も通ってる谷なんですけど、そこの途中にある休憩所で休んだ兵達が体調を崩すという事例が続いたので、僕達魔道士団も調査に行く事になったんですよ」
そうだったっけ……。ごめんね、ちゃんと聞いてなかったかも。
谷って、リズちゃんの一家が住んでる所のそばにあった谷かな?
あんな所に街道通ってたんだ。知らなかったな。
「あんまり大人数で行っても仕方ないので、今回は僕とメアリさんだけで行きます」
「え? 新人達の教育は?」
「今日はお休みです。研究所に行っても誰も居ませんよ」
「そっか……」
「本当に体調悪そうですね……無理そうだったら僕一人で行きますよ」
「大丈夫、ちょっと寝不足なだけだから」
ほんと、寝不足なだけ。
それにしても、外に出る仕事で良かったな。
外気に触れれば少しは目が覚めそうな気もするし。
あたし達は早速旅支度をして、谷の調査に行く事になった。
◇◆◇◆
ほんとだ。ちゃんと街道が通ってる。
リズちゃんの住む家から少し南に下った場所。そこから谷を降りると、東へと街道が続いていた。
「体調を崩すという事は、毒素が多いのかなと思っていたんですけど、今のところそういう反応はありませんね」
「休憩所の方に原因があるんじゃない?」
「行ってみましょうか」
その前に、エゴイ君の開発した【ホバリング】の魔法を使おうかな。
ほんと、便利な魔法を考え付くもんだわ。
そうだ、どうせなら【ラウンド】を付加できないか試してみよう。
「あ、ホバリングを使うんですね。出る時に使ってもよかったかな」
「──【ラウンドホバー】」
「おおっ?」
よし、成功。術式さえわかれば、初等魔法への逆算もできるし、そうすればラウンドの付加も簡単にできるね。
「メアリさん、やっぱり天才ですね……」
「ラウンドヒールと同じように、術式を組み替えてみたんだよ。上手くいって良かったね」
「また、新しい魔法が生まれてしまった……」
目を輝かせているエゴイ君。なんだか感動してるみたいだけど、元になる魔法を作ったのは君なんだよ。
「では、調査に行きましょう」
「うん」
あたし達は、軽い足取りで谷の街道を進む。
その途中、なんだか気になる物を見つけた。
「こんなところに墓石?」
「薄汚れちゃってますね。可哀想に、ちょっと綺麗にしてあげましょう」
あたしとエゴイ君は、周りの伸びてしまった雑草を取り除き、持っていた布で軽く墓石を拭いてあげた。
それにしても、何でこんなところに墓石がポツンとあるんだろう?
休憩所はこの先らしい。
あたし達は、再び休憩所を目指して街道を進んだ。
◆◇◆◇
「ここが休憩所です。とは言っても、誰かが経営してるとかじゃ無く、元々あったものを修繕しただけだそうですけど」
「ほんと、ただの休憩所って感じだね」
休憩所って言うか、広い山小屋って言うイメージ。
歩き疲れた兵達が休むには、これでも全然問題ないみたいだけどね。
「やはり、毒素も何も無いですね」
「んー、何なんだろうね。特におかしなところは……ん?」
「どうしました?」
なんだか一瞬妙な魔力を感じたような……。
周りは森と谷だし、魔力を持っている魔物が居てもおかしくは無いんだけど、それにしては……。
「エゴイ君、何か魔力を感じなかった?」
「いえ、特には……。それにしても、なんだか眠くなってきちゃいました」
「エゴイ君ともあろう方が、何をあたしみたいな事言ってんの」
「せっかくの休憩所なんですから、少し休んでいきましょう」
そう言うと、エゴイ君はそのままそこに横になり、寝息を立て始めてしまった。
こんなに早く寝る人、初めて見たよ。
もしかして、あたしが負担ばかり押し付けてたせいで、日頃の疲れが出ちゃったのかな?
ごめんね、エゴイ君。
このままじゃ、それこそ普通に風邪引いて体調崩しちゃいそうだから、あたしは着ていたローブを脱ぎ、エゴイ君に被せてあげた。
「気持ち良さそうに寝ちゃって。そういえば、あたしも寝不足だったんだよね……。」
エゴイ君を見ながらボーっとしていたら、本当に眠くなってきてしまった。
いやいや、二人とも寝るわけには……それに、さっき感じた妙な魔力も気になるし……。
また魔力……? まずい……、これ、きっと、何かの魔物の…………。
………………
…………
……
◇◆◇◆
んー……。
どこだ? ここ……。
あたし達、たしか谷にあった休憩所に居たはずだよね。
気が付くと、そこにはどこかで見た風景が広がっていた。
「ここは……、あたしが幼い頃に住んでいた……」
『お姉ちゃん、何してんの? そろそろ家に帰ろうよ』
懐かしい声がして振り向くと、そこには信じられない人が立っていた。
「エミリ……!?」
『ほら、あんまり遅くなると、お母さんが心配するよ』
嘘だ……。エミリは……、妹は、もうずっと前に病気で……。父さんと母さんだって、とっくに……。
「あれ? あたしの体……?」
子供の頃に戻ってる……。どういう事? やっぱり、何か魔物の仕業か。
いや、ここまでの芸当、魔物なんかじゃ出来やしない。もしかして、魔族が?
『お姉ちゃん、行こうよ!』
「どういうつもりかわからないけど、あんまり人の記憶を覗かないでくれる?」
あたしは魔法の術式を脳内で描いた。
そして、そのまま詠唱に入る。
これはきっと、幻覚系の魔法だ。それが証拠に、当時のあたしでは知りえない魔法の術式を組む事に成功している。
あたしは、詠唱していた魔法を唱えた。
「────【グランドサルヴ】」
魔法による、幻覚なんかを解く魔法。
唱えた途端に、辺りの景色が大きく歪み消えて行く。
あたしの体も元に戻ったみたいだ。
「さて、犯人はどこかな? 今のは、ちょっと悪戯が過ぎたよ」
『まさか、この俺の幻覚を自力で解く奴がいるなんてな』
長い舌を垂らしながら、大きな鎌を持った魔族が現れた。
いや、喋るからって魔族とは限らない。魔力の波長が魔族とも少し違う感じ。なんなんだ、こいつは……。
「あんた、何者なの?」
『俺か? 俺は、元・人間だよ。ここにずっと放置され続けた哀れな人間さ』
「人間……? どうみても、魔族か魔物にしか見えないんだけど」
『そんな事はどうでもいい。それより、お前の生気を少し分けてもらうぞ』
魔物?がこちらに手を向けると、下から長いツタが伸びてきた。
とっさに身を交し、【ウインドカッター】でツタを切り裂く。
『なかなかやるではないか。だが、これならどうかな?』
魔物?は、手に持っていた鎌を下に向けた。
その先は、いつの間にかそこに倒れていたエゴイ君の首に向けられている。
「これも、幻覚?」
『どう取るかはお前次第だ。もし幻覚でなければ、こいつは死ぬだけだがな……』
幻覚は、さっきのサルヴの魔法で解けていたはず。
だから、そこに居なかったエゴイ君が急に現れたのは、魔物が新たに作り出した幻覚である可能性が高い。
『別に、お前から生気を貰わなくても、この男からでも構わんのだがな……』
そう言って、魔物はエゴイ君の首に刃先を押しつけた。
そこから少しだけ血が流れ、魔物はその血を長い舌で舐めはじめた。
「……エゴイ君! 待って、エゴイ君を傷付けないで!」
『ほう、良い表情ができるみたいだな……よし、やはりお前から生気をいただくとしよう』
幻覚かもしれない……、でも、あたしは首から血を流すエゴイ君を見て、ロデオさんの時の事を思い出してしまった。
あんな辛い思いは、もうしたくない。
もう、禁術は使えない……、死んでしまった人は生き返らないんだ……。
『おっと、動くなよ』
魔物はニヤリと笑うと、その腕を高く上げた。
下から再び長いツタが伸びてきて、あたしの体に絡みつく。
どうしよう……結構ピンチだ、この状況……。
お読みいただいて、ありがとうございました。




