04:メアリさんの恋事情(1)
はー……今日も疲れたわ。
魔法の研究をしたかったのに、最近は新人魔道士達の勉強会が忙しくて、なかなか時間が取れない。
その分、面倒な仕事は全部エゴイ君に任せてるからいいんだけどさ。
「メアリ様、お疲れ様です」
魔法研究所にやって来たのは、産休を終え、秘書の仕事に復帰したリズちゃん。
ここで働いている間は、新たに設けられた託児施設に、息子のフィル君を預かってもらう事にしたんだって。
そして、この国に託児施設を提案したのは、誰あろうディア様。
アステア国の掲げる、女性の社会進出計画の一環でもあったりするらしいよ。
「ハーブティー、ここに置いておきますね」
「ありがとう、リズちゃん。ディア様とロデオ様の様子はどう?」
「相変わらず、仲睦まじいお二人です。でもロデオ様は、まだご自身が王である事に馴れてないみたいで、息抜きと言っては騎士団のところへ行っているみたいです」
「あの人らしいなあ……。クルス君もいい迷惑でしょ」
「“大人しく王やってろよ”って家に帰って来てから愚痴っていましたよ」
「それはロデオ君の言う通りだわ」
リズちゃんとハーブティーを飲みながら談笑していると、疲れきった顔をした魔道士長が研究所へ戻って来た。
「お疲れ様、エゴイ君」
「お疲れ……って、メアリさん!? 何一人だけのんびりと休憩しちゃってるんですか!」
「あたしは副長だからいいんだよ。新人たちの訓練も頑張ったし」
「エゴイ様の分もハーブティー淹れますね」
「あ、ありがとうございます。リズさん」
ちょっとしたティータイム。
リズちゃんの淹れるハーブティーって本当に美味しいわ。どうして、たかがハーブティーがこんなに美味しくなるのかわからないけど、その秘訣を聞こうとしても『修業の成果です』としか言ってくれないんだよね。
「メアリ様は、今何を研究されてるのですか?」
「んー……光と闇の属性の研究かな? 今まであまり研究されて来なかった分野だし、この二つの属性は合成魔法への利用もあまり行われてなかったからね」
「禁術ほど強力な奇跡に近い事は起こせませんが、光や闇の属性を合成する事によって、それに近い事をできないかと、日々画策しています」
意気揚々と語りだすエゴイ君。
彼は、ほんと研究者肌の魔道士だと思う。
エゴイ君による研究の成果と言えば、何といっても風属性を利用した移動補助系の魔法。
彼は風の魔法を研究し、新たに【ホバリング】の魔法を開発する事に成功した。
人の歩く速度を上げたり、体を少し浮き上がらせることで高所からの落下の衝撃を緩和したりと、使い勝手の非常に良い魔法だ。
アルネウスだっけ? あの精霊が空洞内の螺旋階段で使った力によく似ている気がする。
コルン王が、サンタとして煙突から突入する時使われたのもこの魔法。攻撃魔法専門の私には到底思いつかない魔法だわ。
「ここへ来たのは、ディア様からメアリ様に伝言があったからなんです」
「へ? あたし?」
「お話があるので、お仕事が終わったら謁見の間へ来て下さいとのことです。たぶん、例の事だと思うんですけど」
「例の事? とりあえず仕事も終わったし、ちょっと行ってくるわ」
「メアリさん!? まだやる事はいっぱい残ってるんですけど……」
あーだこーだ騒ぎだすエゴイ君。リズちゃんは、困ったような顔で笑いながら一礼して退室していった。
それにしても、ディア様があたしに話って何だろう?
◆◇◆◇
「失礼いたします」
謁見の間へ行くと、そこへ居たのは、ロデオ王とディア王妃のお二人だけだった。
「メアリ、お仕事お疲れ様」
「ディア様も、ロデオ王もご公務お疲れ様です。てっきり、リズちゃんも居るのかなって思っていました」
「リズならさっき託児所へ向かったわ。フィル君が寂しがるといけないって」
子育てって大変なんだね。
リズちゃんもクルス君も、暇を見つけてはちょくちょく託児所に顔を出しに行っているらしいよ。
「ロデオ王、玉座にはもう馴れました?」
「少しは馴れたが……でも、やっぱり私は騎士団で剣を振ってる方が良いかな」
「そんな事してたら、クルス君が迷惑しますよ」
「ああ、今日も嫌そうな顔してたな。あいつ……」
クルス君ったら、口には出して無いみたいだけど、顔には出しちゃってるのか。
あの子、敬語はちゃんと使うくせに、そういうところあるもんなぁ。
「ところでディア様、あたしに話ってなんですか?」
「ああ、そうそう、そうなのよ! これなんだけど」
そう言いながら、色とりどりの書状を並べ出すディア様。
「あの……これって……」
「うん、全部あなたへの縁談」
机上の大量の書状を眺め、あたしはため息をついた。
リズちゃんが言ってた例の事ってこれか……。
「たぶん、メアリの事だから断るとは思ったんだけど、そこそこの地位を持つ貴族とか、王家からの縁談も届いてるから、一応見せておこうと思ってね」
「あはは……。王家ですか」
「で、どうする?」
「えっと、お断りします」
王家とか、名のある貴族みたいなところに嫁いだら、色々と束縛されそうだもんなぁ……。
あたしとしては、今後も魔法の研究を続けたいって思ってるからそんな事になったら困るし、それに名前も顔も知らない人のところへ嫁ぐなんて、まっぴらごめんだ。
「政略結婚なのも目に見えてるもんな」
「あたしは自由に生きていたいんです」
「そうは言っても、お前ももういい歳だろう」
「ロデオ、女性にそういう事言うもんじゃないわ」
ディア様に叱られるロデオ王。
この人は、こういうところがデリカシーが無いというか何というか……。
それにしても、いつか結婚して子供だって産みたいって言ってた本人が、一番行き遅れちゃってるなんてのも皮肉な話だ。
ディア様もご結婚されて遠慮する必要は無くなったというのに、実際問題あたしがそう思えるような人って、なかなか現れなくて……。
こう、フィーリングが合うというか……何て言ったらいいのかわかんないけど。
「まあ、すぐに破棄せず、いろいろ考えてみても良いんじゃないか?」
「……そうですね」
「私としても、お前には幸せになってもらいたいと思ってるんだけどな」
「うーん……少し、考えてみます」
あたしは、色とりどりの書状を受け取り、謁見の間を後にした。
◇◆◇◆
縁談か……。どうしようかな。
考えながら事をしながら歩いていると、託児所から戻って来たリズちゃんとばったり出会った。
「メアリ様、お話はもういいのですか?」
「ああ……うん。そうだリズちゃん、ちょっとだけ時間いい?」
「ええ、大丈夫ですよ」
立ち話もなんだからと、リズちゃんは執務室に案内してくれた。
室内は、あたしが彼女の代わりに働いていた時よりも綺麗に整頓されていた。
「ねえリズちゃん、いま幸せ?」
「はい、とっても幸せです」
即答とは、さすがリズちゃん。
旦那さんがいて、子供もいて、生活も充実してるし、そりゃあもう幸せだろうね。
「あたしも、そろそろ結婚ようと思ってるんだけど」
「それは良い事だと思います」
「でもねー……これといった相手が居ないのよ」
「そうなのですか? 私はてっきり……」
「エゴイ君の事? あの人はちょっとね……」
再び、ため息をつくあたし。
こんなにため息ばかりついてたら、幸せも逃げまくりって感じがするわ。
エゴイ君は恋愛対象かと言うと、ちょっと違う感じがするし……。
「どこかにいい人いないかなー……」
窓に映る月を見ながら、あたしはボソッと呟いた。
お読みいただいて、ありがとうございました。