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11:精霊達の昔話【エプリクス編】

 天上界────。

 どこにあるかは定かでは無い地上より大きく隔てられたこの場所には、フォス神と呼ばれる神と精霊達が平和に過ごしていた。


『ねえ、みんなは昔どんな魔王だったの?』


 タースのこの言葉に、四人の精霊達の動きが止まった。

 どこか気まずそうな表情を浮かべる精霊達。

 フォス神は、そんな彼らの様子を見て笑いながらこう言った。


『僕も気になるなぁ』

『貴様は知っておるだろうが!』


 エプリクスの咄嗟のツッコミを、悪戯そうに笑ってかわすフォス神。


『もったいぶらないでさ、エプリクス、教えてよ!』

『……我!?』

『まぁいいじゃないか。減るものでも無いんだし』

『そうは言うが……我の魔王時代の話など聞いても楽しくもなんとも無いぞ?』

『じゃあ面白おかしく話したらいいじゃないか』

『そういう問題では無かろう……』

『エプリクス……駄目?』


 タースの純粋な瞳に見つめられては、さしもの火の精霊も迂闊に断る事はできない。

 どうやら、この威圧感のある巨大な精霊は、子供には弱いらしい。


『……仕方ない……ちょっとだけだぞ。後でつまらないとか言うなよ』

『やったー! ありがとう、エプリクス!』

『ほんと子供には甘いわね、火の精霊』

『ぬぅ……次は貴様の番だぞ、水の精霊』

『な、なんで私が!?』


 そんな精霊達のやり取りを見て、フォス神はフッと笑った。


………………

…………

……


 まだメディマム族なども誕生していない時代の事だ。

 親などおらず、幼竜の頃からただ一匹(ひとり)この世界で生き延びる為、我はただひたすら魔物共と戦い続けていた。


 ────生きる為の戦い。

 魔物達も生き延びる為に必死だ。

 我を喰らい、力を得んと時には徒党を組んで襲い掛かってくることもあった。

 もちろん、全部返り討ちだ。


 そんな日々を過ごし、毎日戦いに明け暮れていた。

 気が付けば我の体は立派に成竜となり、この世界に魔王として君臨していたのだ。


◆◇◆◇


 魔王となった我は、周囲の魔物達を統べ、その支配領域は人間達の住む地域にもとうに及んでいた。

 そんな我ら魔王軍に対し、人間側はたびたび刺客を送ってくるようになった。


 勇者と呼ばれる人間がいた。

 類稀なる魔法と剣術を操る、人間達の英雄の事だ。

 その名は伊達では無く、並みいる我が配下の魔物共を蹴散らし、ついには我の前に現れる者もいた。

 だが、我が体に触れることもかなわず、勇者共は我が体を包む紅蓮の炎に焼かれ死んでいった。


「あまりにも退屈ではないか」


 敵の居なくなった我は、ただ暇を潰すかのように人間達の造った国をいくつも滅ぼしていった。

 人間達の抵抗は増して行ったが、どれもこれも我を脅かす事は無かった。


 周りの配下も、信用のおける者達では無かった。

 どいつもこいつも我の寝首を掻こうとする奴らばかりだ。

 人間など敵では無かった我にとって、皮肉なことに配下の連中とのこのような関係の方がよほど楽しかったとも言える。


 そんなある日、我の前にある男が現れた。


◇◆◇◆


「我が配下を倒し、ここまで来るとはやるではないか」

「貴様が魔王エプリクスか……」


 男は一人で現れた。

 勇者は複数人のパーティーで現れる事が多かったが、これにはさすがの我も驚かされた。


 男の顔を見ればわかる。

 相当の手練れ──男の持つ剣は薄らと黒く輝き、我はその剣を持つ男を見て思わず笑みが零れた。


「俺はラディオス。貴様を滅ぼしに来た」


 ラディオスというその男も、我を見て笑みを浮かべていた。

 周囲には、戦いに敗れた魔物共の亡骸が転がっていた。

 奴が倒してきたのだろう。


「面白い。掛かってくるがいい」

「何を言う。貴様から掛かってくればいいだろう」


 我の問いかけに、ラディオスはそう返した。

 しばらく流れる沈黙。


「人間である貴様にハンデをやると言っているのだ! つべこべ言わず掛かって来い!」

「何やらやかましい奴だな。魔王の威厳とやらで、もっとどーんと構えていたらどうなんだ?」

「貴様……。よかろう、ならば我から行かせてもらうぞ!!」


 我は渾身の力を込めて、奴に火を吹き掛けた。

 奴は剣でそれを振り払うと、我の眼前に飛び込んできた。


「でりゃああああ!!」

「グォオオオオ!!」


 奴の剣が我が片目を切り裂き、我の爪は奴の肩を切り裂いた。


「ぐぬぅうううう……!」

「やるな……魔王……!」


 再び距離を取る我とラディオス。

 我が魔王の体は、ある程度の傷は自動で修復をし始める。

 それは目であっても、例外ではないはずだった。

 だが、この傷は修復される事は無かった。

 傷口が凍りつき、再生を阻害していたのだ。


「貴様……何をした……!」

「魔法剣【ブリザード・クロス】……火竜である貴様には相当堪えたのではないか?」

「なるほど……だが!」


 体全体を燃え滾らせ、我はその氷の戒めを解いた。

 そして、修復が始まる我が体に対し、奴の大きく裂かれた傷は塞がる事は無かった。


「どうした? 我に傷を付けたのは人間では貴様が初めてだ。待っていてやるから、魔法でも何でも使ってさっさと回復するがいい」

「いや……俺は回復魔法など覚えていない。悪いがそれは無理な話だ」

「ぬぅ……」

「ならば、すまないが止血の薬草だけ使わせてもらっても構わないか?」

「わかった」


 我は、ラディオスが取り出した薬草を肩に巻くまで待っていた。

 奴の左肩からはおびただしい血が出ていたが、その薬草はよほど効果があるのかすぐに血が止まったようだった。


「待たせたな」

「我は完全に治ってしまったぞ。貴様はそれだけでいいのか?」

「ちょうどいいハンデだろう。それに、我にはこの竜の鱗をも切り裂く竜殺し(ドラゴンスレイヤー)があるのだからな」

「ふん……ならば、ゆくぞ!!」



 我とラディオスは戦い続けた。

 戦いは、何日続いたのか我にもわからぬ。

 我も奴も、純粋に戦いを楽しんでいた。


◆◇◆◇


「ぬが……がが……」


 ラディオスの剣は我が腕を斬り落とし、そのまま心臓を貫いた。

 いくら再生能力がある我でも、心臓を魔法剣で一突きに凍らされてしまってはどうしようもない。

 だが、奴自身も我の炎に焼かれ満身創痍の状態になっていた。


「俺の……勝ちだ……な……」

「何を言う……我の……勝ちだ……」


 仰向けになり、我らはただそう言って力無く笑っていた。

 悪くは無い気分だった。


「楽しかったぞ……ラディオス……」

「……俺もだ……魔王……エプリクス……」


 脆弱な存在でしか無いはずの人間が、ついに我を滅ぼすに至ったのだ。

 思えば、我はずっと孤独だった。

 魔王になって、支配をして、どんどん孤独は増して行った。

 この男と戦う事で、我は孤独では無くなっていた気がする。


「くっ……ハッハッ……」


 ただ、笑いが出た。

 長い年月を経て、ようやく我は友に会えたような気がした。


「……先に……逝ったのか……?」


 ラディオスからはもう、声が聞こえてこなかった。

 次は我だと思った。

 だが、我は魔王……死など怖くは無かった。


「我は……魔王……エプリ……クス……」


 我の体はそのまま生命活動を停止した。


………………

…………

……


『気が付いたら、この神の奴の前に居たというわけだ』

『それで、エプリクスは火の精霊になったんだね』


 タースは興味深げに聞いていたが、カペルキュモスは一言『ただ野蛮で力馬鹿なだけじゃないの』と呟きエプリクスといがみ合っていた。


『まぁいいじゃない。僕はエプリクスが来てくれて嬉しかったよ』


 フォス神が満面の笑みでそう言うと、エプリクスは照れくさそうに『フン……』と腕を組んで得意げな顔をしていた。


『ではタース、次は水の精霊が昔話を聞かせてくれる番だぞ』

『わーい!』

『む……むぅ……』


 顔を赤らめて、エプリクスを睨むカペルキュモス。


『……わかりました……ならばいっそ、土の精霊と風の精霊も話してもらいますわよ!』

『私達もか!?』

『当然よ! 我ら精霊は一蓮托生!』


 精霊達の昔話は続く。

お読みいただいて、ありがとうございます。

この勇者の名が、アステア国の王の名に引き継がれていくことになります。

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