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10:影の魔族は雷羊の夢を見るか

今回は一話に収まりました!

 あれほどたくさんいた魔王様率いる軍勢は、私一人を残し誰も居なくなってしまった。

 敬愛するアリエス様も、結局は魔王様の力を制御しきれず殺されてしまった。


 臆病な私は、アリエス様の死を目の当たりにし、何もできずにただ怯えているだけだった。

 そうしているうちに、人間達は魔王様を滅ぼし、暗闇の世界は光溢れる世界に変えられてしまった。


 手元に残されたのは、忘却の薬ただ一つ。

 いっそ、これを飲んでしまおうか。

 全てを忘れて、自分が魔族であったことも忘れて……その方が幸せなのかもしれない。


 私は、実態を持たぬ影に生きる魔族。

 全てを忘れた私は、意思を持たないただの影としてこの世界を彷徨うのだろう。


◆◇◆◇


 ふと、私は空洞を出る決意をした。

 もともとここに居ついていたハクデミアント達の動きが活発化してきていたが、それは別に私にとって大きな問題では無かった。


 いまだ飲まずにいる忘却の薬。

 どうせ、全てを忘れて生きるなら、この世界を回ってからにしよう。

 幸いなことに、私は影に潜む魔族。人間達に気付かれることもなく、容易に世界を旅することができる。

 忘却の薬を飲むのは、その後でも問題無いのだ。


 それから幾日かかけ、私は世界を回った。

 魔王は滅んでも、魔物はこの世界に生きている。

 中には、人間との共存を図る魔物も居た。


 この世界で一番高いと言われる山へと向かった。

 霧と雲に覆われたその先にある山頂は、魔族である私であっても肉眼で見ることはできない。

 そこに何かあるというわけでもないが、私はとりあえず頂を目指す。

 先はまだ見えないが、影である私にはどんな高度でも恐れることは無い。


 私には、思うところがあった。

 この山の頂上は、天の雲をも貫いている。

 影である私は、光に弱い存在だ。

 ただ、これでも魔族であるからか、光に弱いとは言ってもただの陽の光程度ならば私が滅びることは無い。

 だが、この山頂で受ける光ならどうだ?

 遮るものもなく、直接降り注ぐ光ならばあるいは私を滅ぼすことができるのかもしれない。

 そう、私はいつしか死を望んでいた。


 別に死ぬ方法がこれしかないわけではない。

 私は臆病ものなのだ。

 自分で自害することなど怖くてできない……だから、こうして自分で手を下さずとも死ねる場所を求めていたのだ。

 忘却の薬で恐怖も忘れ、強大な光に照らされ消滅する。


 全てを忘れ生き続けるのもいいが、土壇場でそうすることが怖くなってしまった。

 自分が自分で無くなる……すぐに命が尽きるのなら良いが、それから何年生き続けると言うのか。


 臆病な私は、楽に死ねる方法をとった。

 勇敢に戦って死んでいった仲間達には、本当に申し訳ないと思う。


◇◆◇◆


 山頂へと着いた。

 そこには、私が望むべく光は無く、ただ濃い霧で覆われているだけだった。

 茫然とした私は、思わず持っていた忘却の薬を手から落とし、中身を全て零してしまった。


 辺りを見渡すと、霧の向こうに泉が見えた。

 なぜこんなところに泉が……。


 もう忘却の薬も無くしてしまった。全てを忘れて生きることすらできない。

 気が付くと私は、その泉にに身をゆだね、ずぶずぶと深く沈んでいた。

 力の抜けた体を、その泉はいともたやすく呑みこんでいった。


 ……アリエス様……。

 私もようやく、そちらへ行けそうです。

 魔王様の支配する世界を見たかった。

 アリエス様と共に新しい世界を作りたかった。


 大した能力を持たない私に、アリエス様は役割を与えてくれた。

 戦う力が欲しいと言うと、アリエス様は一つだけ禁術を教えてくださった。

 結局、私がその禁術を使うことは無かったが、そのことが私の誇りだったのだ。


 私にとっては、アリエス様こそが魔王様だった。

 あちらへ行ったら、アリエス様に謝ろう。

 役立たずですみませんでしたと謝ろう。

 ところで、魔族もあの世へ行けるのだろうか。


 体が水に溶けだしてゆく。

 そうか、影である私は水にも弱かったのだな。

 思ったよりも楽に逝けそうだ。

 忘却の薬は無くても、私の体は薄く広がり、それにつれて意識もだんだんと薄まって行った。

 ただ深く、深く、沈んでいく。


 ◆◇◆


 はて……私は死んだはず?

 目の前に広がるのは、見たこともない光景だった。

 山頂にいたはずの私が目を覚ましたのは、白く広がる浜辺。


 ここはどこだ……?

 世界を見て回ったが、こんなところは無かったはずだ。

 その時、突然何者かが私の脳内に直接話し掛けてきた。


『私は神。そなたの望む【スキル】をなんでも、三つ与えてやろう』


 神……?

 なぜ神が、魔族である私にそんなことを……?


 私は死んだのでは無かったのか……これは一体?

 神は私の望むスキルを何でも三つ与えてくれると言った。

 どうせ一度は死んだこの身だ。

 この神と名乗るものの遊びに付き合ってやるのも悪くは無い。


 それにしても、この世界の夜は冷える。

 影である私がなぜ寒気を感じるのかまではわからないが……こんなことは初めてだ。


「【スキル】というのは、何でもいいのか?」

『そうだ』


 ふむ……三つか。

 ならば、世界を征服できるようなスキルでも構わないと言うことだな。

 そんな大層な願い、臆病な私にできるはずもないが……さて、どうしたものか……。


「ならば、まずこの寒さから身を守るスキルが欲しい。できるか?」

『寒さなど無いはずだが、この世界の空気がそなたには合わぬのかも知れぬ。ならば、そなたの体を作り変えた上で、【寒さから身を守るスキル】を与えることになるが構わぬな?』

「私の体を作り変える? まあいいだろう」


 よくわからないことを言う神だ。

 そう思っていたが、だんだんと私の体が変質していくのがわかった。

 影だった私の体は次第に実体を帯びていき、体がモコモコとした毛で覆われていくのがわかった。

 この神……本物か?


 すると今度はどうしようもなく暑くなってきた。

 無駄にモコモコとした毛が、寒さから身を守るどころか、体中の熱を籠らせてとにかく暑い。


「この体では暑くてかなわない……熱を感じない体にしてくれ」

『寒いと言ったり暑いと言ったり、よくわからぬやつだ。よし、【熱を感じないスキル】を与えてやったぞ。最初のスキルは無駄になってしまったな』


 体に感じていた暑さが引いていく。

 なるほど、これは快適に過ごせそうだ。


『あと一つだ、慎重に選べよ』


 あと一つ……。

 神の声は、気のせいか最初とは真逆の気の抜けたような声になっていた。


『なぜか、この世界に来るものはどうでもいい【スキル】を選ぶ傾向にある……』


 何やらぶつぶつと愚痴を言い始めた神。

 たしかに、私もどうでもいいスキルを貰ってしまった。

 最後のスキルはどうするか……。

 目の前には海が広がっている。

 ふとモコモコした毛を見て気になったのだが、海に入って水を吸ってしまったら動きにくいのではないだろうか。


「水に濡れても思い通りに撥水できるスキルを欲しい」

『またどうでもいいスキルだな……だが、その体には合理的か。わかった。【撥水のスキル】を授けよう。そなたの望むスキルは与えた……では、さらばだ』


 体が光を発し、やがて少しするとその光は収まって行った。

 神の声とやらはもう聞こえなくなっていた。


 ◇◆◇


 翌朝、目を覚ました私は、潮だまりに映る姿を見て驚いた。

 そこに映っていたものは、まるで羊のような姿をした自分だった。

 影の魔族だった私は、羊の魔族に生まれ変わったのだ。

 どうやら、昨日の神とやらは本物だったと言うことか。


「そこ、私のプライベートビーチで何をしている?」


 どこか威厳のある声が聞こえ振り返ると、そこには立派な角を頭に携えた青年が立っていた。


「ここは、あなたの私有地だったのですね。失礼しました」


 立ち上がり、体毛に付いた砂を払った私はその場を立ち去ることにした。

 それにしても、こうして誰かと会話するのは随分と久しぶりな気がする。

 アリエス様と話して以来じゃないだろうか……。


「待て、もしかしてそなた、異界人であるか?」

「異界? 私の居た世界にこのような場所はありませんでした。言われてみれば……たしかに、そうかもしれませんね」

「本当か? 迷惑でなければ、是非そなたの居た異界の話を聞かせてくれ。こんなところではなんだし、私の居城へと行こうではないか」

「居城? あなたは、王族の方なのですか?」

「聞いて驚くなよ。私はこう見えて、この世界の魔王なのだ」

「魔王……様!?」


 羊となった影の魔族は、ブーメランパンツを履いた魔王と名乗るこの青年の後に付いていった。


 この世界がどこであるのか、死後の世界であるのか、それは誰にもわからない。

 眩しいほどに照りつける太陽の下、影の魔族は新しい一歩を踏み出した。

お読みいただいて、ありがとうございます。


生まれ変わった羊の魔族さんとブーメランパンツの魔王様の活躍は、息抜きシリーズ『アクアチャーム ~海の家~』でお楽しみください。

http://ncode.syosetu.com/n7640cz/


後日談本編は、もう少し続きます。

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