第3章・失意
白戸 浩二 (しらと こうじ) 通称ハト
19歳・大学2年
自分の恋愛より、人の恋愛をいじくるのが好きなタイプ。「その気になればけっこうモテる」はじめをからかうのが楽しくてしょうがない。
その日の夕方。はじめや他の部員たちはすでに帰り、部長と白戸だけが残っている。
「部長……やっぱり、コリーダメっすか?」
「……あの調子ではな」
予行練習は、散々な結果に終わった。はじめは演技力こそあるものの、人の視線に慣れていなかったのだ。動きは硬くなり、セリフを忘れ、それは酷いありさまだった。練習が終わった後も誰とも口をきかず、逃げるように帰って行った。
「あれは俺よりひどかったっすねぇ……」
「ハト、一応お前の意見も聞いておく。他にあの役に適任な1年は誰だと思う?」
「えっ……や、やっぱりキャスト変更っすか? けど今からじゃ時間が……」
「今日のコリーより酷くならなければいい」
はじめを推薦した白戸としては、このキャスト変更は出来れば避けたいところだ。
「いや……その、もう一遍チャンスあげたらどうっすか?アイツ何をするにしても一回目は弱いんですよ。ただ、2回目以降はもう余裕で……」
ダメ元で口からでまかせをいっているのは明らかだ。しかし、部長はしばらく考え込んで言った。
「……いいだろう。もう一度試してみよう」
「マ、マジっすか!?」
「ただし、方法と合否は私が独断で決定する。それと……」
「それ、と……?」
「コリー本人にもう一度やる気があるのかが問題だな」
そう言って部長は出て行く。ひとり残された白戸も帰り支度をする。
「やる気、ねぇ……アイツ滅茶苦茶落ち込んでたからなぁ……。あこがれの人の前で恥かいたんだからそりゃヘコむわ」と、その時。
「ああ、そうだ」
部長が再び戻ってきた。
「うあっ!?」
「何を驚いている。ハト、コリーの家は知っているか?」
「え、あ、はい。家っつーかアパートですけど」
「もしかしたら明日、コリーは練習に来ないかもしれない。もしそうなったら、一つ頼みたいことがある」
その内容を伝え、部長はすぐに帰って行った。
白戸は確かに帰ったことをを確認し、もう一度独り言を言う。
「でも……ま、そのあこがれの人にチャンス与えられたんだから頑張ってくれるかな」
なんだかんだと、面倒見のいい男である。
翌日。部長の予想通り、はじめは部室に行かなかった。本当は学校自体も休みたかったのだが、一度ひきこもると二度と出てこれないような気がしたらしい。それほどまでに、はじめは心が折れてしまっていた。
(部長が主役を任せてくれたのに……僕は……。たった5人の観客に圧倒されてしまった……)
授業が終わると同時にアパートに帰り、ベッドに潜り込む。
(今やめたらみんなに迷惑がかかるかも……けど、顔を合わせるのがツライ……。こうしてる間にも、みんなが僕を責めてる……)
酷い自己嫌悪に浸っている。
はじめにとって、この1か月は最も楽しい時期だった。これまで避け続けた”青春”というものがこんなに素晴らしいものだったのかと、立ち直りかけていたところだっただけにこの挫折は大きかった。
(いつまで逃げ続ける? 明日も、明後日も、ずっと……? 退部届…出すのか? でも、出すためには部長に会わないと……。もう……)
「面倒、臭い」
そう口に出した時、アパートの前に車の止まる音がした。続いてはじめの部屋のドアをノックする音。
「お〜い! コリー! 出てこ〜い!」
「先輩……!?」
訪問者は白戸だった。
「部長命令だ!早く出てこい!」
「部長が……?」
はじめがグズグズしていると、突然白戸の口調が変わった。
「あっ部長。もう帰っちゃうんすか?まぁ、コリーが出てこないならしょうがないっすね」
「部長が来てる……!」
はじめは急いで跳ね起き、ドアを開ける。
「部長!」
「ざ〜んねんでした。部長は今ここには……」
バタン。
「あ〜! 待て、コリー! 部長は今ここにはいないけど、他の所で待ってるから! 早く来いって!」
「……本当ですか」
疑惑の表情で、もう一度はじめはドアを開ける。
「YES! 俺が今までコリーにウソついたことがあるか?」
「……いくらでも」
「……」
「……」
……勝手に墓穴を掘る男である。
「と、とにかく今回は本当だ。コリー、阿倉浪才の墓って知ってるか?」
「あの、山の中腹にあるやつでしょう。小学校の遠足でいったことあります」
「そこで部長が待ってる。送ってやるから乗りな」
そう言って白戸は車の助手席のドアを開ける。
「なぜ墓地に……?」
「行って部長に聞け」
白戸がエンジンを回し、車を発進させた。