第1章・役者
私の名前は魅月町。みつきちょう、と読む。
「変な名前の人だなぁ」などと思ってはいけない。私は人ではない。「町」だ。まぁ、町を見守っている精霊のようなものだと思ってくれても構わない。いやいや、私の素性なんてどうでもいいだろう。
さて、私――魅月町には、当然ながら多くの人々が生活している。(といっても田舎なので人口はそれ程でもない。)そして人と人が出会えば、そこにドラマが生じる。私はこれから皆さんに、この魅月町で起こったドラマの一つを紹介したいと思う。
タイトルは――そう、【針葉の花】
さぁ、ご覧あれ!
小里 一は今春、大学生になった。入学式やオリエンテーション等の行事を一通り終え、明日から本格的に授業が始まることになっている。
彼の特徴を簡単に説明しよう。
性格――消極的・非社交的。
成績――高校時代は学内トップクラス。
顔立ち――並の上、と言ったところ。しかしながらその性格ゆえに……
女性との交際歴――皆無、である。
そんな男だが、その性格に似合わない「あだ名」を持っていた。それは……。
「お〜い!どこ行くんだコリー!」
そう言ったのは、はじめの幼馴染でひとつ先輩にあたる白戸だった。
「その名前はやめてください。何度言わせるつもりですか」
「い〜いじゃんかよぉ。小里一、だからコリー。で、どこ行こうとしてるんだ?」
「……帰るんですよ。もう用事はありませんから」
そこで白戸は大きくため息をつく。
「サークル活動見て行こうって気は……」
「ありません。面倒臭い」
出た。「面倒臭い」これがはじめの口癖だ。
「どうせパンフレットとかも見てないんだろ」
「ええ。何も入る気ないですから」
「おぉ〜い……。折角のキャンパスライフだぜ?青春だぜ?高校までずっと帰宅部だったんだから大学ぐらいは……。いいサークルあるんだけどよ……」
「帰宅部、大学でも続けます。それに」
「それに?」
「先輩の意図は読めてます。要するに自分のサークルに入って欲しい。新入部員を確保したい、でしょう?」
図星。白戸は演劇部に所属しており、他の部と同様に勧誘合戦に駆り出されているところだった。
「はいはい。コリー君はなんでもお見通しで。しょうがねえなぁ……」
「それじゃあ、僕はこれで」
と、はじめが立ち去ろうとした時――。
「いつまで油を売っている、ハト」
女性の声だ。はじめが振り返ると、この田舎町(自分で言うのもなんだが)には珍しい”大人”を感じさせる女性が、二人に歩いてくるところだった。
「あ、部長。今この新入生勧誘してたところで……」
「見ればわかる。私が言いたいのは、すでに集合時間を5分過ぎているということだ」
「いぃ!? ヤベッ忘れてた……」
慌てて腕時計を確認する白戸をよそに、その女性ははじめに話しかける。
「うちのハトが迷惑をかけたな。すまない」
「えっ……あ、ハイ……」
……ひとつ言い忘れていた。先にも述べたようにはじめは女性に縁がない。しかし、別に嫌いというわけでもない。この女性はむしろ、はじめの「好みのタイプ」だった。
「あの、ちょっといいですか? 白戸先輩のことをハトって……」
「ああ、それはなぁ」
はじめの望みに反して、白戸が答える。
「白戸を”はくと”って読んで、それを略してハト。わかりやすいだろ?」
「無駄口を叩いている場合か、ハト」
かなりキツイ口調で言葉を遮る。よほど白戸のことを嫌っているらしい。
「失礼した。それでは」
「じゃ、また明日な。コリー」
そう言って演劇部の二人は去って行った。はじめは、その女性の後ろ姿をじっと見つめていた……。