せいさん
「DKよく見なさい。素敵ねぇ。こちら側でも魔法は使えるわ」
両手を広げクルクルと回りながら、イシュタムは光悦の笑みを浮かべる。その周りをピョンピョンと飛び跳ねるDK。
「私のスキルも身体能力もそのままだニャー」
日は落ち、辺りは薄暗く冬の冷たい雨が降る人気の無い廃墟。傍にある木は青い炎に包まれ、雨に打たれながら、はしゃぐ二人の姿はまるでキャンプファイアーをしているかのように楽しげで、この状況に置ける不自然さを、そして異様なまでの狂気を孕み、あるようでない現実と虚構を描く絵画のように儚く美しい。ゲートを通過したココはしばらく彼女らに魅入る。その後、彼女らに声をかけ、PTを組む。
「エレメンタル リフレクション ウォール」
四精霊である火サラマンダー。水ウンディーネ、風シルフ、土ノームの力を借り全身に各属性を反射するPT専用魔法で、体に当たった雨水が魚眼レンズのような六角形を集めたエフェクトを伴って反射し弾ける。効果時間は不明だが、取り敢えずこれで濡れる必要は無い。
こちら側の物理攻撃にたいして有効か不明だが、不意の攻撃にも備えシールドバリアも張る。
「こちら側でも魔法は使えるようだなイシュタム。召喚は可能か?今のうちに試しておけ」
「かしこまりました」
「暗き闇に捕らえられた清らかなる魂よ。生と死の狭間で悠久の時を過ごす悲しき怨念よ。我が理に置いて召喚する」
「サモングール」
イシュタムの前方に禍禍しく黒く光る魔方陣が出来る。その中で、骨、血、肉が人の形へと組み上がり、目に光が灯る。ただそれは腐敗した人であらざる者。腐敗し白骨化した口元は大きく開いており、体は原型をギリギリ保っていると良いほどの状態で、腐敗した匂いが鼻をつく。召喚は成功だが、これは余りにも目立ちすぎる。ココは連れ歩く事が出来ないそれをDKに壊すように促す。
死者であるアンデッドを物理攻撃で倒すのにはかなりの制約はあるが、最高レベルのアサシンからすれば低位の召喚魔法であるグールは交戦するに値しないと言ったところだろうか? 瞬時にグールの後ろに回り込んだDKは右手に構えた短剣を背中へ突き立てる。グールは両手を広げたまま反転しDKに反撃を試みるが、【バックステップ】後方に15メートルジャンプする回避スキルの一つを使い、攻撃の範囲外まで回避、グールは右腕を槍投げのように大きく振りかぶりDKに飛びかるが、DKは余裕を持って右に避け、大きく振りかぶられたその腕は空を切り地面へと直撃する。DKはその隙を見逃さず、右脇腹辺りを余りの早さに認識こそ出来なかったが、【ダブルブロー】ないしは、【トリプルブロー】を使い二、三度短剣で突き刺し、グールは光の塊となって消失する。
「では行くか」
ココはDKの人を超越したその動きに胸を撫で下ろし、廃墟を出る。この道は自身が学校へ通う際に使っていた物であり、当時は果て無い真っ直ぐな道がどこまでも続き彼にとっての未知の象徴であった。それも幼い彼なりの主観でしか無く、現実とは如何に小さい物かと言うことを年齢を重ねる毎に気がつく事になる。
「この三人でPT組むなんて久し振りだニャ」
「そうですわねぇ。デメテルが始まった頃よく3人で狩りに出かけましたわね」
「まあ、その後私はPKに転向したんで、随分あなた方に追いかけ回されましたけど」
「そういえばニャンでPKはじめたんだニャ?」
「あら、DKもお年頃かしら?そんな厭らしい話を聞きたいんですの?ま、追々分かること。それは後のお楽しみですわ」
まだゲーム初期。イシュタムとは仲がよく、ステンノが不在の際はよく3人でPTを組んだ。ダークプリーステスであるココはアンデッドに対しても回復ができ、それはネクロマンサーであるイシュタムとのPTでの相性の良さに繋がる。しかし彼女はPKへ転向した。当時はフレンドがPKへ転向した事でココを含め、ミドガルズオルム自体も叩かれた。それを払拭するように、打倒PKを掲げ、よくイシュタムのギルドと交戦したが、ゲーム内の事だけに心の底から憎み合う事は無く、世界を創るに当たって、歪んでしまった彼女の事情も分かり、和解した。
そんなたわいもない話をしながら三人は真っ直ぐなその道をただ歩く。薄暗い、雨が降る中、両サイドにある街路樹はすべてを捨てようとしているココの葛藤を表すように、暗く重い雰囲気と先が見えないこの道の不安感をココに感じさせる。また後ろを着いてきている二人の異常な高揚感もそれに拍車をかけ、自身は高揚しながらも、一定の冷静さを保とうとする。そして、これから起こすであろう自身の行動を何度も何度も頭の中で繰り返す。
そして目の前に大きな家。ココは立ち止まる。
「カースインフェルノ」
威力こそたいしたことは無いが、広域に赤黒い炎を発生させる。家には瞬く間に火が広がり慌てた家の住人の一人が中から飛び出てくる。
「息子がいないの。息子はどこ?」
酩酊し、足取りも不確かなその女性がココに纏わりつこうと手を伸ばす。瞬時にDKが腕を取り、上から押さえつけるがココは拘束を解くように命じる。そして女性の耳元で呟く。
「見た目も随分変わってしまいましたが、私が息子ですよ。母さん」
「あら、そうなの?よかったわ。これで燃えた家もすぐ元通りね」
酩酊しているからだろうか?息子の顔よりもその力の方が大切と言うことだろうか?それを素直に受け入れる母にココの顔色は曇る。
「イシュタム、DK先に行け。これが終わったらPTチャンネルで連絡し合流する」
「かしこまりました。では、厭らしいDKにPKに転向した理由を教えに参りましょうか」
イシュタムとDKはゲートで即座に移動する。二人がゲートで移動した事を確認してココは口を開いた。
「母さん僕はもう貴方達に振り回されるのはごめんなんだよ。理想の世界を手に入れたんだ。だから最後に自分が作ったこの家を壊しに着たんだよ。そして母さんを殺しに」
「は?殺すですって、ふざけんじゃないわよ。いつも殴られてヒーヒー泣いていた貴方がそんなこと出来るはずもないのよ。貴方を産んだのは私。一番貴方を分かっているのも私。貴方は私の言うとおりにしとけばいいの。それが一番幸せなのよ」
母は激昂しココの頬を平手で打つ。シールドバリアのエフェクトが起こり、痛みは感じない。こちら側の人が相手でも魔法は有効のようだ。そう思うココに対して更に母は激昂し、ヒステリックに喚き立てる。
「何平然としてんのよ。早く家を直しなさい。私は貴方のために言ってるの」
その言葉にココは思う。ココの為では無く全部自分の為ではないかと。早く母を殺してしまおう。しかし、ここには試してみたい魔法があって来た。それを試した後で痛みを感じる間もなく葬ればよいだろうと、【デリート オブ ストレージ】を唱える。
ゲーム内では相手のスキル、経験値等こちらの任意で消せる魔法だったが、この世界ではどうなのか?ココには一つの仮説があった。スキルや経験値というのはゲーム内キャラクターの、いわば記憶である。と言うことは記憶が消せるのでは無いか?そうなれば自分に取って最も脅威となる魔法であり、いち早く試し、それに対する対応を取らなければならない。幸いこのスキルはゲーム内人口の約1%しかいないダークプリーステス固有のスキルであり、更に最高レベルに達し、複数の大型レイド、クエストをこなして覚えられるスキルで、効果が効果なだけにゲーム内の戦闘では、殆ど使えず、膨大な時間をかけてスキルを覚える人も少なく。このスキルを知っている者を含めても10名いるかいないかである。ただ他の奴らに知られるわけにはいかない。その為にイシュタムとDKには先に行ってもらった。
母からココの記憶が消えていれば、【メンタルシールド】精神系魔法を防ぐ魔法を張りつつこのスキルを知っている者全員にこのスキルを使えばいい。これで解決だ。そう思いながら母の様子を確認するが泥酔しているためか反応が分かりづらい。ココは舌打ちをする。
「仕方ない。キュアポイズン」
毒を治す魔法だが、アルコールにも効き目はあるかもしれないそう思いながら唱える。どうやら中毒症状には効き目があるようで母は正気を取り戻しているようだが、辺りを見回すと火の付いた家の中へ飛び込んで行こうと全身に水をかぶる。
「消防車、消防車を早く呼んでちょうだい。早く」
そう言う母親にココの記憶は消えていないのか?中に誰かいるのか?様々な疑問が生まれる。ココは思わず母親を止める。
「誰か中にいるのか?」
そう言うココに
「貴方は誰なの早く消防車を呼んでちょうだい。私の大切な正ちゃんが」
母は涙を流しながら訴える。ココが幼少の頃の母がココをそう呼んでいた事を思い出す。ココの記憶は一部しか消えてはいない。まだ幼少期と言うことはココの年齢から考えると恐らくは25年間ほどのココに対する記憶が消えているのだろうと考察する。そしてそれと同時に幼かった頃の記憶が蘇る。
小さな家の中で家族で楽しく食事を食べた事。初めて自転車の補助輪を外しての練習に朝から晩まで倒れないように後ろから押してくれた事。初めて作った物は両親の笑顔。声を出して生まれた瞬間の二人が喜んだくれたであろう時の顔。記憶は無いが容易に想像がつくもの、その全てが目に前に現れる。そしてその日々に目の前が曇る。
「早く、早く」
絶叫にも似たその母の叫び。そして手の中で暴れる母にココは自身が母にとって、どれほど大切な存在だったか。その事に気がつかされ、頬に涙が伝い、その涙はエレメンタル リフレクション ウォールによって反射し、雨の一部と同化し、地面に落ちる。
「そうか、やっぱり僕が悪いのか」
この力さえ無ければ皆幸せに暮らせた。その忸怩たる思いが胸を突き刺す。しかし、もう遅い。仲間達の為に引くことは出来ない。そして家の周りに何も無いとは言え、その内、人も集まるだろう。早急に事を済ませ、移動しなければならない。
その時、急にココのこめかみ辺りにシールドバリアのエフェクトが発生する。それと同時に複数の銃声。そして傍にいた母は全身に銃弾を浴びる。頭ははじけ飛び、膝から崩れ落ちる。
「動くな」
武装した集団がココの廻りを囲み、ココは右手で崩れ落ちるもう息は無い肉塊になった母を抱える。
「貴様ら何者だ。世界が顕現し数時間でよく私の事を掴んだな。それとも何処からか情報が漏れていたのか?」
「まあいい。人間風情がそんな物で私を殺せると思っていたというのも可愛いじゃないか」
「しかしな、私が殺そうとしていた人間を先に殺るとは許せんな。ゴミ共」
思っていたよりもココは冷静に母の死を受け入れる。もちろん恨んでいたのもある。守るべき仲間の為にやらなければならないことも沢山あり、ここで立ち止まるわけにはいかないという強い意志もある。しかし、初めて見る人の死に対してこれほど冷静にいられる自分。やはり自分は壊れている。自覚もあるが、そう思い込もうとする事で更に冷静になっていくココは母の亡骸を包囲した部隊に投げつける。不意にこめかみ辺りにシールドバリアのエフェクトが起こる。
「そこか」
ココはゆっくりと右腕を上げ【エアバインド】を唱える。ココの手から一本の光の鎖が草むらに伸び、草むらに隠れていたであろう狙撃手が宙に浮きココの頭上までゆっくりと引きずり出される。それと同時に再度一斉射撃が始まる。
「う、動くな」
隊長らしき男が声を荒げるがココは気に止めない。
「いいのか?仲間に当たってしまうぞ」
そう言うと、ココは助けてくれと喚く狙撃手の拘束を解く。ココの頭上3メートル程の所からドサリと落ちた彼は、落下直前、味方の銃弾に当たったようで、悲鳴を上げ、それでも尚、必死に味方の銃弾から逃れようと頭を下げ、痛みと恐怖に震えながら、芋虫のようにモゾモゾと地面を這っている。その見苦しい光景にココは哀れみを込めた目を向け、そして、その男を足蹴にし、その男に向かって魔法を唱える。
「カース デス ペイン」
ゲーム内では痛みを与えライフを徐々に削る魔法だが、攻撃としてさほど有効な物では無い。しかしながら、足元の男は一瞬顔を歪め、声を出せないまま引き攣ったように痙攣を始める。そして目、鼻、口から血を流しながら、皮膚は溶け、人という形を保てなくなったそれは鼓動を止める。こちら側での攻撃魔法はゲーム内とは比べ物にならないほどの威力があるようだ。
「化け物め」
そう呟いた部隊の隊長らしき男にココは、優しく微笑む。
「本来私は回復専門で、攻撃は苦手なんだがね」
「貴様らK国の人間か?業者のBOTから私の事を掴んだって所だろう?」
NPCは運営側が組んだプログラム通りに動くのに対してBOTはユーザー側からのプログラムで動く。プレイヤー側のキャラクターを24時間プログラム通りに動かす。もちろんゲームの趣旨に反する為、運営側は規約違反として取り締まりをしてはいるが、オンラインゲームという特性上、追放しても次から次へと新しいキャラクターを作りBOTとして稼動させる業者と呼ばれる者が複数存在し、ゲーム内通貨を現実の通貨に変える、またその逆を行う、リアルマネートレード通称RMTが横行しており、こちらも規約違反とされているが、現実の通貨を稼ぐためにBOTを稼動させる者が後を絶たない。
デメテルを創り出す際、勿論BOTの存在を考慮し、複数のBOTを排除したが、それでも尚、紛れ込んでいたのだろう。そしてBOTの飼い主の元に帰ったと考えるのが打倒だ。勿論飼い主はK国人が殆どと言って良い。そしてオンラインゲームが流行っているK国は太平洋上の大陸とは何かを即座に理解したに違いない。そして、デメテルの大地に眠るゲーム内でしか存在し得なかった新しい鉱物や、資材を独り占めしようとしているのだろう。
「図星だろう?」
「私は貴様らを許すつもりはない。国ごと滅ぶか?」
国ごと滅ぶという言葉に反応する彼らにココは自身の推測の正しさを確信する。そして銃弾の中を一歩また一歩と前へと進む。
「何人かは生きたまま連れ帰る予定だったがもう飽きた。全員死ね」
そう言うと、ココは即座にカース デス ペインを一人ずつかけていく。数人が肉塊になったところで、周りから逃げだそうとする者もいるがエアバインドで拘束し、順番に確実に仕留めていく。そして最後に残った隊長らしき男に問う。
「すべて喋れば助けてやらん事もないが、どうするかね?」
「ぜ、全部喋る。だから助けてくれ」
そう言うと、男は熟々と話し出す。やはりK国部隊で、予想外だったのはBOTが正常に機能していない事に気が付いた飼い主が、通常通りログインしたところ、ログアウト出来なくなり、そのキャラクターのままK国に帰還。その後発覚し、K国大統領の密命を受けココを襲ったということ。また各国はまだ事態を把握し切れていないということ。現在肉入りになったBOTはナイト、バーサーカー、チャンターの三体で、三体ともK国軍と共にあるらしい
ココは考える。面倒くさい事になったが肉入りとは言えBOTは所詮BOTその気になれば何時でも殲滅可能だ。今回こちら側の人間にも魔法は使える事が分かった。K国など恐れることはない。ただアメリカとの交渉が終わる前に一国を滅ぼしても角が立つ。むしろK国が情報を掴んでいながら勝手に動いたと言う話は交渉に使えるだろう。しかも他国である日本でだ。すぐさま個別チャンネルでステンノに交渉の材料にするようにVartexに伝えろと指示を出す。
そしてココは哀願する男を一瞥する。
「情けないそれでも軍人か。情報の礼だ。せめて痛みなく逝かせてやろう」
「イレース」
ゆっくりと右手を伸ばし掌を上に向ける。掌の上には直径10センチメートル程の黒い球体が浮かび上がる。それは次第に大きくなり、人を丸々飲み込める大きさになるとココはそれを男に向ける。「ヒッ」と言う悲鳴と共にその黒い球体に男は飲み込まれ消滅する。ココは一息つき周りを見渡す。カース デス ペインによって、形の崩れた人らしき物が血塗れで、複数にわたり散乱しているが、思ったよりも冷静に対応出来たとココは思う。そして、イシュタムとDKに連絡を取る。
「すまない。少々不測の事態が起こった。そちらは大丈夫か?」
「ええ、私達はお楽しみの最中ですわよ。」
「そうか。私は一度と城へ戻る。K国の部隊が動いているようだ。気をつけろ」
「かしこまりましたわ」
「かしこまりましたニャー」
殺してしまいたかった母はもういない。私の素性を掴んでいると言うことは父も、もうK国に消されただろうか?それでいい。自業自得だ。私は私の仲間だけ守ればいい。そう思いながらココはすぐにゲートを唱え、その向こう側へと転移した。
書き溜めてあるのはここまでになります。
のんびりと少しずつ書き進めていこうと思っていますので、どうかよろしくお願いします。