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邂逅

「おはようございます。本日未明、島と言っていいのでしょうか?いや、大陸と言ったほうが正しいでしょうか」


「太平洋の中央に巨大な陸地が突然、姿を現しました」


「一体何故こんなことが起こったのでしょうか?現在原因は調査中とのことで、詳しいことはわかりません」


「しかしながら、この謎に包まれた大地は一体、今後人類にどのような影響をもたらすのでしょうか?」


「以上、中継の末森でした。一旦スタジオへお返しします」


 ヘリコプターに乗った女性リポーターが強い風に髪をなびかせ、体をヘリコプターから乗り出し、カメラに向かって中継している様子が、宙に浮いた大きなスクリーンに映し出されている。それは、【ビジョン】指定した地点の映像を映す偵察魔法兼、映像伝達用魔法で、現在、上空を飛んでいるヘリコプターの様子を覗き見ている。彼は指をパチンと弾く、真っ黒なローブにフードを深くかぶり顔は見えない。少しだけ見える口元に笑みは無く、右手に持つ木製の杖は彼の背丈よりも高く、杖上部は円を描くように丸まり、その中心には水晶が嵌っている。ビジョンは消え、広場には賛同した5万人を超える人々。彼の右手には最も信頼する仲間3名、そして左手には吸収した大手ギルドの元長が3名が並ぶ。


 男はゲームの中で暮らしたいと望み、願い、そして、この【デメテル】の世界を望む人々に支えられ、ギルド【ミドガルズオルム】の盟主【ココ・ワサーカ】として世界を作り上げるに至ったのである。


 この世界を作るに当たって、周到な準備をした。ログイン状態でのみ、自身のキャラとしてこの世界で生成されること。その際、自身の元の体は消失してしまう事。そういった過程を踏まえ、この世界で生きて行きたい者はいないか一人一人にココは本名を明かしながら、もう何年もたってしまったが、あの何でも作ることのできる少年だと、テレビで見たことあるだろ?と交渉した。無論、滑稽な話に皆も半信半疑だっただろうが、MMORPGをプレイしている人種というのは今も昔も現代社会に不満を持っている者が多く、多くの賛同を得た。ギルド【ミドガルズオルム】への加入を促し、【デメテル】内のほぼすべてを掌握した。そうして遂に実行したのだ。


「遂に、遂に皆が望んだ念願の世界だ。国籍は違うが全員現実からはぐれた仲間だ。我等は等しく弱く、そして社会に取り残された」


「ヘミングウェイは言った。人は殺されることはあっても負けることはないと。故に負けることに怯えるな」


「そしてこの世界には皆がコツコツと育ててきた、現代兵器に負けるはずもない強大な魔法とスキルがある」


「自信を持ってその存在を現実世界に見せ付けろ。お前ら準備はいいか?」


 その呼びかけに歓声が上がる。ココは手を上げ、それに応え、しばらく余韻に浸る。その後、歓声を遮る様に、手を交差させた。


「では、ギルド【ミドガルズオルム】は次の作戦を遂行する。詳しい話は、副官の【ステンノ】にお願いしよう」


 彼女はゲーム内でココの初めてできた友人であり、そしてゲーム内で結婚システムを利用した相手である。尖がった耳、金髪で透き通るような肌と大きな瞳のエルフという種族で、人を魅了するその口元から発せられるその声は歌うように美しく、そして自信の表れとも取れる説得力のある口調は、彼女自身の性格を現しており、その細い体とは対照的に甲冑を身に纏う。大きな斧を振り回す近接職の【戦士】である彼女と、仲間を癒す【ダークプリーステス】であるココとは相性がよく、出会った頃からPTを組み、今は妻として、そして副官としてココの横に立っている。


 彼女は一歩前に出て、皆を煽るように、直立姿勢をとり、斧の先端をドンドンと地面に押し付ける。それを見たすべての者が真似る様に、それに応える。


「皆よく聞け。我らが盟主ココ様が、母なる大地デメテルを作る際、全域にシールドバリアを張ってくださった」


「今の所は安全だが、恐らくアメリカを筆頭に各国の偵察部隊がくるだろう」


「各部隊交代で、デメテル周辺の警戒、防衛を任せる。持ち場は各連合のリーダーに通達済みだ」


「PTリーダーは確認後、各PT毎に迅速に移動。尚、持ち場によりモンスターがいる場合がある。モンスターはリポップする。殲滅後の注意を怠るな」


「またワールドチャンネルの使用を禁止。些細なことでもよい気になることがあれば即時、個別チャンネルにて上官に伝えよ」


「では行動に移れ」


 チャンネルとは、ゲーム内通話である。範囲や通話をする人数に違いがあり、ワールド、PT、個別と3種類ある。ワールドはデメテル全域にいる全員に。PTはPTメンバー全員、世界のどこにいても通じ、個別は名前の通り一人の相手指定でという感じである。


 彼女はそういうと、こちらを振り向き、先程と打って変わった、優しい表情をこちらに向ける。この世界を作るに当たってまず最初に相談したのも彼女であり、反対されると思っていたが、彼女も現代社会の荒波に呑まれ、ココと同じ社会からはぐれた一人だと聞かされた。そして賛同してくれた時には、本当にうれしかった。しかし、その大切の人を巻き込んでしまった負い目も捨てきれない。だが、もう始めてしまった。後戻りはできない。


「では行くか」


 ココは横で待機している6名を引き連れ、ミドガルズオルムの居城ミッドガルドに向け【テレポ】を使う。中距離用の移動魔法であり、移動先のポータルゲートと呼ばれる転移装置への移動を一瞬で行う。デメテル内には多数のポータルゲートがあり、その地点への移動が可能である。ココを含めた7名の体は陽炎のように闇の中へ消え、両サイドに大きな支柱を置く中世ヨーロッパの城砦を思わせる通路に出る。そして、廻りに人が居なくなったことを確認し、緊張した空気と、上下関係を解く。


「いやぁ。本当にやっちまうなんて、盟主様々だな」


 そう言うのは元攻略系ギルドの【ラーヴァナ】。彼は現在ミドガルズオルム軍の統括責任者であり、人類種ながらバーサーカーという近接攻撃に特化したアタッカーである。ライフ減少に応じて攻撃力を上げていくバーサーカーという職業に相応しく、体には無数の傷跡と左眼の上に大きな傷跡があり、その瞳をいつも閉じている。


「軽口を叩いてると足元をすくわれますよ。ここからが本番なんですから」


 元アメリカ最大のギルド、今はミドガルズオルムのナンバー2、副盟主という立場の【Vertex】は言う。彼は眼鏡をかけ、重装の鎧を身に纏う。左手には大きな盾を持ち、見た目通りの防御力を誇るパラディン。左の腰辺りには龍の彫刻が見事なまでに施された剣を携え、まさに騎士といった風貌である。


「相変わらず、お堅いな、お前は」


「ま、そんなお前がいるからこそ、脳筋の俺は軽口を叩かせてもらってますがね」


 そういうラーヴァナに元暗殺系ギルドの【DK】が後ろから飛びつく。彼女は犬の耳、犬の尾を持つ犬狼族で、背丈は小柄で幼い顔をしながらも、アサシンという俊敏性に特化した近接アタッカーである。音も無く近づき急所を確実に狙う。ミドガルズオルム初期メンバーあり、彼女は現在ココ直属の暗殺、斥候、諜報部隊副隊長として、数は少ないが、生粋の武闘派集団の一員である。


「僕も脳筋だニャー」


 犬なんだから「ワン」ではないのかと、Vartexは困惑した表情を見せる。が、彼の性格上、先程の自身の発言を覆し、一緒になって軽口を叩くわけにはいかないと思っているのだろう。それにツッコミを入れる事はできない。そして消化不良な、なんとも言えない表情をココへ向ける。


「ちょ、DK。スキルを使って足音消して、飛びつくな。後、無い胸押しつけんじゃねえ」


「無い胸だとゴラァ。喉笛かっ切ってやろうか?あぁ?」


 顔を真っ赤にして、もがいているラーヴァナ。さすがアサシン捕まえた獲物を逃すつもりはないらしい。


「胸は小さい方が、上品でよろしくってよ。私なんて肩がこって大変ですのに」


 話に割って入ったのは【イシュタム】。大きな胸くびれた腰、そして切れ長の猫のような鋭い目つきをしながらも、バランスの取れた容姿に虜になる男性も多い。しかし彼女はプレイヤーから忌み嫌われるプレイヤーを襲うプレイヤーキラー通称PKを行う元暗殺者ギルドのリーダーであり、死者を召喚し生者を殺す【ネクロマンサー】。DKがいる部隊の隊長でもある。


「まあまあ、いつもの事ながら、そろそろ離してあげないと、ラーヴァナさん逝っちゃいますわよ?」


「あ、そうそう一番最初に突っ込むべきだったかしら?DK素が出てますわよ?」


「ニ゛ャ!」


 一連の流れにクスクスと笑うステンノ。彼女が後ろからDKを抱え上げ、その拘束を解きよしよしとあやす。


「ツッコミが無いから言っとくニャー。この語尾は猫のそれではニャくて、名古屋弁だから、安心するといいニャー」


 耐え切れなくなったVertexが思わずツッコミを入れる。


「ちょっと待て、日本語を学んだ時に、各地方の方言も軽く習ったが、それは明らかに違うだろう?俺は騙されたのか?」


「Vertexが食いついてきたニャー」


 ドッと皆の笑いがおきる。そんな和やかな雰囲気の中、気がつくと目の前には大きな扉と、二人の衛兵。


「お帰りなさいませ。ココ様」


 彼らはノンプレイヤーキャラクター通称NPCであり、自我は無く、自立も無い。決められた通りに動くことしかできない。プログラム通りに動く自動人形のようなもので、この世界で生きて行く上で、欠かせない存在である。


「開けろ」


 従順に扉を開ける衛兵。そして重い扉がゆっくりと開く。中には長い机、上座に一つの立派な椅子。左右に三つずつ椅子が並んだ大きめの会議室といったところだろうか。ココは席につき口を開く。


「さて、俊敏性や移動魔法、移動速度アップ魔法等々の効果を考えれば、物理的な攻撃で相手を仕留めるのは容易だろう」


「そういう意味で我々にアドバンテージがある。しかし万が一だが人に対して魔法が効かない場合もある」


「そうなると広範囲の攻撃が圧倒的に少なく、各国と全面戦争になった際、物量で来られると非常に危うい」


「そこで一度デメテルの内と外で検証したい」


「それなら私とDKが何人か攫ってきますわ。暗殺部隊として相応の役割を果たしましょう」


 そうイシュタムは提案する。


「私は魔法も使えますし、もし、人に魔法が効かなくても、物理職のDKに任せればいいでしょうしねぇ」


「復讐したい相手もおりますし、道々で色々と試してみますわ」


「あ、相手は犯罪者ですので、ご安心を」


 そう言うイシュタムに不安、不満があるわけではないが、ココもまず先にやっておきたいことがある。


「イシュタム。私も行こう。それとな、人に魔法が使える事が確認出来たら、少々無茶をしても構わん。」


「かしこまりました」


 そう言うと、イシュタムは口元をニヤリと上げ邪悪な笑みを浮かべる。


「さて、次に【お豆腐】。アメリカはどう出ると思う?」


 彼は【エンチャンター】。ミドガルズオルム初期メンバーあり、敵が持つ特殊なステータスを覗く魔法【ピーク】を使い、それに適した戦闘方法を考案、強化魔法を味方に付与し戦闘を有利に進めるPTではなくてはならない存在である。その分析力はVertexを上回り、作戦参謀としてVertexを支える役目を与えた。


「そうですね。デメテルの大地の一番近い土地は恐らく南東方向にあるハワイ諸島でしょう」


「そうなると一番近い国はアメリカだ。と言うことはですよ。恐らく監視衛星で既にこちらの動きは丸見えです」


「広場にあれだけの人が集まったんだ、既に分析に回されてるでしょう」


「そして、恐らく数時間以内には偵察部隊が空から乗り込んでくるでしょう」


「シールドバリアは攻撃を防げますけど、侵入は防げないですからね」


「場所はそうだなぁ。ミッドガルド北東ガザンの荒野辺りでしょうか」


「あの辺りはある程度広く見通しもいい」


「古い遺跡もあって、身を隠す場所もある。そして、上からだと動く物体は何も無いように見えるでしょう?」


 お豆腐が言う通りなら、あちら側の実力を確認するいい機会になりそうだ。あの辺りはゴーレムの巣であり、ただの瓦礫にしか見えない物体が、一定範囲以内に入ると、ゴーレムの形を成し襲ってくる。我々は一定範囲以内に入り敵に遭遇する事を【エンカウントする】というが、この世界にはそう言った地点が何カ所もある。ガザンの荒野は瓦礫、岩場が多数存在し、そのほとんどがゴーレムと言っていいほどで、偵察部隊は間違いなくゴーレムとエンカウントし、交戦状態になるだろう。


「現代兵器とゴーレムの戦いか」


 ココが呟く。


「お豆腐とVertex、ラーヴァナで行って来い」


「アメリカ軍がゴーレムを倒せるかどうかは分からんが、どちらにせよ今の所、友好的に話を進める必要がある」


「アメリカ軍が負けそうなら助ける為にラーヴァナにゴーレムを殲滅して貰え」


「その後Vertexに交渉を任せたい」


「アメリカ軍がゴーレムを倒してしまったらラーヴァナの出番は無しだが、恐らくそういったことにはならん」


「お豆腐は随時その諸々を私ないしはステンノに伝える事」


「ステンノはこのまま待機。各部隊からの連絡をまとめ、我々に指示を出せ」


「かしこまりました」


 6名は椅子から立ち上がり、右膝をつく。そして頭を垂れ、皆口々にそう言い残して、【ゲート】長距離用空間転移魔法を使う。テレポとの違いはその距離と移動先の位置を縛られない点である。各メンバーの前に背丈程の闇が現れ、その中へ消えていく。


 それを見届けたココは「フッー」と大きく息を吐く。現実になった世界はゲーム内だった頃とは比べられない程のプレッシャーとストレスがある。間違うことが出来なくなった。そう思いながらココは天井をを見上げる。


「済まなかったなステンノ。君を巻き込んでしまった」


「私に謝る必要はないのよココ。私だって他の者だって、望んでここに来たの。だから気にしないで。私はいつでも貴男の傍にいるわ」


 ステンノはそう言い、座ったココを優しく抱きしめる。ココは少し優しい顔を見せ立ち上がる。


「では行ってくる。後は頼んだぞ」


 そう言い残しココもゲートを発動させ、闇の中へと歩みを進めた。


 大好きなヘミングウェイの名言をどうしても入れたかった私。


 無理やり感はありますが、昨今勝ち組負け組いわれる中で、人は負けないとどうしても伝えたかったんで入れてみました。


 私も裕福ではないですが、(まあ一般的には負け組にはいるかもw)しかしながら、必死に生きています。


 人生に疲れた時、嫌になった時、もっと楽観して生きていければ、違う人生が見つかるかもしれません。


 人は殺されることはありますが、負けることはないんです。

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