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7話 言葉の裏は


百鬼消除ひゃっきしょうじょ 急々如律令きゅうきゅうじょりつりょう!! 」

 神華が呪文を叫びながら女郎グモに止めを刺す。女郎グモは砂になり風に吹かれて消えて行った。しかし、女郎グモの嫌な所は操るやつを消しても使役されていたクモは止まらないということだ。

 神華は身をひるがえすと夕希の所にやって来た。

「立てっ!! 死にたいのかっ!? 」

 厳しい神華の声に夕希は反射的に首を横に振る。ほとんど神華の怖さに反応したようなものだ。それでも夕希の足に力が入ることは無かった。先ほどの笑顔に恐怖を覚えてしまっていたため、女郎グモを目の前にして立てなかったのだ。

 女郎グモに使役されていたクモはどんどん近づいてくる。夕希は怖くて震えてしまっている。生まれたての小鹿のような状態になっている。神華はクモを見てから、再び、夕希に視線を戻した。

「立てっ!! 死ぬぞっ!! 」

 神華が夕希の腕を掴み引き上げるようにして立たせる。ほとんど力任せだ。夕希の足はガタガタ震えている。とても、一人で立っていられる状態ではない。

 クモ達が一斉に糸を吐く。神華はいとも簡単に糸を札で抑えた。札にあたった糸はどこかへと消滅する。

 夕希は今にも気を失いそうである。焦点が合っていない。恐怖のせいで肌の温度も下がってきている。脳が考えることを放棄したのだ。あり得ない現実を目の当たりにして。

 これが普通の反応だ。ここで最も異常な者。それは神華に他ならない。何故、このような敵を目の前にして平然と立っていられるのか。

 神華は夕希を助けようとしている。

「大丈夫。あなたは助かる。だから私について走って」

 さっきとは打って変わったように神華が優しく言う。紅の瞳が夕希を見つめている。紅の瞳は真剣だった。瞳を見つめている内に夕希の震えが収まる。夕希は何かが戻って来たようにしっかりと頷けた。恐怖が消えたわけではない。でも、冷静さが戻って来たのだ。足も使えるぐらいにはなった。

 女郎グモの手下は共食いを始めた。勝ち残った奴が女郎グモに生まれ変わるのだ。この共食い競争が終わるまでにここを離れなければ夕希の命が助かることは無いだろう。

 神華は女郎グモをここで完全に消すことをあきらめた。はかりにかけて夕希をとったのだ。

「時間が無い。しっかり走ってね」

 神華は夕希の手を掴んだ。それから、夕希の足に白い手を備えて

「オンスカンダーソワカ」

と呟く。

 神華は走り出した。夕希もつられるように走り出す。

 夕希は今までないくらいの速さで走っていた。足が勝手に走ってくれているような感じだ。どんな速さにも今ならついて行けるような気がした。


 神華と夕希は路地裏をありえない速さで駆け抜けた。角が迫って来ては速度を落とさず急カーブを曲りきる。後ろの角を振り返る時間すらなかった。落ち着いて息を吐く時間すらない。

 路地裏を出た所で平助とぶつかりそうになり、神華は急に止まった。夕希が追い付けずに神華に突撃してしまう。神華はちょっとよろめいただけでちゃんと夕希も止めた。

 夕希はようやく息を吐き出せた。

「丁度、良かった。この子をお願い。ここから離れて。今すぐ!! あと、たぶんこの子はしばらく歩けないから」

 神華が夕希に使った呪文は一時的に足の速さを上げるものだ。しかし急激に足に負担をかけるから筋肉の細胞が破壊されてしまう。そのため酷い筋肉痛になったり、しばらく立てなかったりするのだ。つまり、効果はあるがその代償が大きいということだ。

 夕希は左之助にしがみついて泣いている。相当怖かったのだろう。左之助はそんな夕希を横抱きにする。左之助が持ち歩いている赤い槍は新八が持った。

 夕希がこんなことに怯えるのは異常だ。

「何があったんだよ? 」

 平助が尋ねた時、路地裏の影から女郎グモが飛び出してきて神華を襲った。


 女郎グモに使役されていたクモ達は寄ってたかって共食いを始めた。最後の一匹が残った。最後の一匹はメキメキと形を変えて神華達が消えた方向へと進み始めた。体の中にさっき共食いして食べたクモがいる。それらは新しい女郎グモの手下となる。

 ズリズリと重い体体を引きずりながら神華を見つけたのだ。

 暗い色で光る眼で神華を睨みつけたのだ。


 女郎グモは半分のしかかるようにして神華に乗っている。神華はクモの体重を支えるので精いっぱいだ。

「おい、大丈夫なのかよ!? 」

 平助の声で左之助達が止まって振り返る。

「行けっ!! …安心しろ。これより先は何人たりとも私が通さん!! 」

 神華が言う。勇ましいのに不安定な言葉の裏に隠れた精神の揺れ。神華の足に使役のクモが噛みついている。平助は目ざとくそのクモを見つける。

「ほっとける訳ないだろうっ!? 痛いけど我慢してくれよっ!! 」

 平助が刀を抜く。峰、つまり斬れない方で構える。

 神華は辛いはずなのにフッと笑みをこぼした。

「誰に言ってるの? 」

 平助が緊張解けるように神華はわざとそう言ったのだ。平助も無理やり笑顔を作り刀を構えなおす。

 そして神華の足にへばりついているクモを目がけて振り下ろした。クモは潰れる。神華の足には赤い線が残る。それでも神華は笑顔を少し歪ませただけだった。

 神華は女郎グモを押し戻す。音が響き渡る。

「行けっ!! 振り返るなよ!! 」

 神華は平助を押した。平助は走り出した。


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