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5話 少女の名前は


 新緑がユラユラ揺れている。

 少女は黙って座っている。今朝、夕希に胸倉を掴み上げられた時に傷口が開いてしまったのだ。だが、少女は今すぐに動かなければならない。自分のことなどどうでもいいのだ。

 少女が動けないでいるのは傷のせいばかりではない。見張りが消えないのだ。いつまでも警戒を解かない優秀な見張りたちだった。それ故に少女はかなりの苛立ちを腹の底に押し込めている。

 そんな時に障子が開いた。平助と新八、そして左之助だった。この三人は幹部でそれぞれ組長を務めている。何かと気が合うらしくよく一緒にいる。新選組の明るい三人組だ。

「なんですか? 」

 少女は機嫌が悪そうに尋ねる。言葉遣いは丁寧なのに言い方がぶっきらぼうなのだ。

 平助はサッと左之助の影に隠れた。少女は不快そうな表情をするわけでもなく真っ直ぐに三人を見詰めている。

「さっきのスカッとしたぜ」

 良くも悪くも空気を読めない左之助がニッっと笑いながら言った。裏の無い清々しい笑顔。少女は話の意図が読めずにいぶかし気に顔を曇らせた。大人びた雰囲気が流れ出す。

「そうそう! 最近、近藤さんは締まらない顔してるし、土方さんはおっかねえ顔してるんだもんなぁ。さっきのあんたの言葉にかなり目を覚ましたんじゃないか? 」

 平助が左之助の影からひょっこり顔を出しながら言う。平助のお蔭で話の流れが分かった少女は短く息を吐き出すと口を開いた。

「私はただ思ったことを言ったまでです」

 少女は目を伏せながら言った。少女の顔が陰る。寂しそうな切なそうな顔。

 その表情は美しさと寂しさを備えていた。誰も何も言わなくなる。


 平助が話を変えた。明るい雰囲気が戻って来る。

 少女はあまり話さなかったが微笑みを絶やすことは無かった。

 放している内に夕暮れ時になってしまった。

 少女は立ち上がった。すっと伸びた背中がかっこいい。

「私、もう、行かなければなりません。服と腕輪を返してください」

 少女は左之助に言った。もちろん少女を逃がすことは歳三に禁じられている。左之助と新八は顔を見合わせた。返答に困ったからである。

「悪いがそれはできねぇ」

 新八がボサボサ頭を掻く。どこか座り心地が悪そうだ。話していれば少女が悪い子ではないというのが分かったからだ。自分の出した答えに納得出来ていないようだった。

「分かりました」

 あっさりと少女は引き下がった。あまりにあっさりしていたから拍子抜けしてしまった。

 でも、それが少女の諦めではなかった。少女は目を閉じると深く呼吸した。ただそれだけなのに空気が変わった。冷たく深い空気へと。少女が何かを呟く。

 刹那。

 少女の服は変わっていた。あの見たこともない異国の着物に。腕輪も少女の右腕で鈍く光を放っていた。少女自身が淡い光を放っている。赤い髪は水の中にいるかのように広がり揺れている。

 少女の体から光が消えた。少女はやっと目を開く。紅の瞳がさっきとは違いどこか苛烈に輝いている。自分の体を確認する。使っていた着物を丁寧にたたむ。あっけにとられている三人にお辞儀した。

「ありがとうございました。失礼します。この恩は必ずお返します」

 礼儀正しく少女は言葉を選ぶ。

 だが、少女をそのまま行かせるわけにはいかない。

「駄目だ。行くな」

 左之助が通路を塞ぐ。それが命令であり左之助自身の意志でもあった。この少女のことが知りたいという左之助の気持ちが含まれている。

「通してください」

 少女が言ったのはたったこれだけの言葉。でも、言葉に込められた魂が重かった。言霊ことだまに縛られたかのように左之助達は動けなかった。左之助の隣を少女は通り過ぎた。長い髪を揺らしながら。

 外で待機していた監察方の一人が呼子よびこを鳴らした。人を集めるための笛だ。

 少女は駆けだした。誰よりも速く。人の間をすり抜けるように駆け抜けていく。

 正面から少女を見た人は少女の体がぶれて見えた。それ程少女は素早く動けた。身体能力が明らかに人とは違う。

 少女は壁を目指した。壁の前には菊一文字を構えた総司がいた。

「押して通る!! 」

 少女はまた、槍をどこからか出現させる。総司も刀を構えた。お互いの武器が夕日に反射した。

 二人の死闘が始まるかと誰もが思った。

 しかし。

 少女は総司の間合いに入る手前で槍を突き刺す。勢いを利用し、跳躍した空中で猫のように体をひねりへいの上に見事に着地する。槍は片手に持ったままだ。

 総司はこの動きを予想していた。予想していたのに止めなかった。

「僕は沖田 総司。君は? 」

 総司が小声で名乗る。少女は少し戸惑った様子を見せた。少しの沈黙の後少女は静かに口を開いた。

神華しんか霧雨きりさめ 神華」

 少女___嫌、神華はそう名乗った。

 総司の口端が緩む。

「そう、じゃあ神華ちゃん。傘、借りっぱなしだから今度とりに来て、ね? 約束だよ? 」

 総司が神華に語りかける。

 夕日が神華と総司の顔を照らした。

「分かりました。明日の午後にでも。今度は自分の足で来ますから」

 言い残して神華の姿は塀の向こう側へと消える。赤い髪の毛がフワリと広がった。

 後には駆けまわる隊士の足音と歳三の声が残った。総司は神華が消えた方向をずっと眺めていた。夕日が沈みきるまで。


 辺りが暗闇に包まれると総司はクスリと笑って歳三の方へ歩き出した。

「土方さん、そんなに慌てなくても戻ってきますよ、神華ちゃんは」

「なっ!? 総司、お前!! 」

 問いただそうとする歳三を後に総司は片手を振りながら奥へと戻って行った。歳三は難しそうな顔をして総司が消えた方を眺めていた。


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