4話 野生の少女
忠司は少女に薬を飲ませてあげたようと部屋を訪れたのだ。
けれども少女は薬を飲むことを拒んだ。理由を尋ねても少女は何も答えなかった。忠司はそれ以上は無理を言うこともできず、部屋を後にした。
部屋の周りには歳三が監察方を配置している。たぶん、少女も気づいたことだろう。少女を閉じ込めているようで忠司は嫌だった。少女が何かをしたわけではない。むしろ、総司と一を助けてくれたのだ。感謝すらせず、閉じ込めるなんて忠司は怒りを覚えずにいられなかった。
しかも、局長の勇は池田屋事件以来浮かれている。その行動は武士道から外れていると世間では噂されている。
最近の新選組は、乱れが目立つと忠司は一人、ため息をついた。
忠司は気持ちを落ち着かせ、幹部が集まる部屋へと足を進めた。急ぎ足でだ。
夜は幹部が集まり、今日の報告をする。その時間に少しでも遅れたら歳三の怒りを買うことになる。が、大抵総司はにこやかな顔をして遅れてくる。忠司は総司が遅れてくるには何か意味があると思っている。
そして、今日も。
「やあ。遅かったね」
ニコリと総司は幹部の部屋の手前の曲り角の柱に寄りかかっていた。とっくに報告の時間は過ぎている。つまり、忠司と総司は遅刻確定だ。歳三の怒りを買うことはまず、間違いないだろう。
「わざわざまってくれていたのかい? 」
総司のほうが年が一つしたなので忠司の口調は柔らかくなってしまう。でも、身長はとっくに総司が追い越しているのだが。
忠司の言葉に総司は首を振る。
「まさか。僕は風に辺りにきたんですよ。嫌ですね、勘違いしないでくださいよ」
冗談を言わないでください、と総司は付け足す。もちろん笑顔で。その鮮やかなほど綺麗な笑顔が少女の顔と重なり忠司は悲しそうな顔になる。言うべきか言わないべきか、忠司はかなり悩んだ。
「総司君……嫌、やはり何でもないよ。あまり遅くならないように」
忠司は言葉を飲み込んだ。
一瞬、少女が前にいてくれたら総司が前のように素直になるのではと忠司は思った。だけど、実行に移す勇気や強引さが忠司には無かった。結局何も言わないまま苦笑いをしながら忠司は先に幹部の部屋へと消えて行った。
ふわりと薬の香りが広がった。忠司がさっきほど少女に持っていた薬の匂いだ。苦さの中に苦さを隠すための毒のような甘い香りが上塗りしてある。
「嫌いな匂い……」
総司はポツリと呟いた。呟きは強い風にかき消された。
それから、幹部の部屋の入り口に影が一つ吸い込まれて行った。その後、歳三の怒鳴り声が響いたのは特筆することではない。
少女は布団に横たわりながらも人の気配を用心深く探っていた。この部屋の周りに以上なほどの見張りが付いていることはとっくに分かっていた。しかも見張りは全員、かなり腕が立つ。少女は逃げ出すことを諦めたようにため息をついた。
大人しくすることが最善だと判断したらしい。少女は横になったまま目をつぶった。
部屋には微かに薬の香りが残っている。
「薬……か」
少女は嫌そうに言葉を紡いだ。
薬にいい思い出が無い少女は薬は苦手なのだ。少女は少しだけ忠司に申し訳なく思っていた。
朝が来た。
最近は夜ごと行方不明者が出る。それらの捜索願は全て新選組の所にやって来る。
歳三の顔には皺が増えるばかりだ。
「起きたんだな。さあ、テメェの知ってることを洗いざらい吐いてもらおうか」
少女を前にして歳三はいきなり脅した。歳三の後ろには幹部達が控えている。
少女はそんな歳三を何言ってるのこいつと言う冷ややかな目で見ている。
歳三がもう一度同じことを繰り返すと少女は怒りを露わにした。それでも口調は気を付けているらしく静かで聞きやすい。
「怪我を見ていただいててなんですけどね、人としてどうなんですか? そちらさんの命を救ったのに対してなんの挨拶もないんですか。お礼を言えとか言ってるわけではありませんけどね、こっちが勝手にやってるだけですから。でも」
少女はここで一度言葉を切って歳三の顔を真っ直ぐに見つめた。紅の瞳で。血の色の瞳で。すごく睨んできている自分より年上の歳三を恐れず真剣な瞳で見た。
「あなた方は武士なのでしょう? それならば武士らしい振る舞いの一つぐらいみせて欲しいものです」
場は騒然となった。
歳三は怒りのあまり黙り込んでしまっている。流れるような眉がピクリと動いた。
「あなた!! 助けてもらったのはあなたもでしょう!? 」
夕希が少女の着物の胸元を掴む。少女はあっさりと夕希に持ち上げられている。夕希の茶色の瞳が苛烈に輝く。そんな夕希を少女は冷たく見下ろした。冷たい視線が夕希を捕える。
夕希は冷や汗を流した。
「勘違いしないでください。助けてもらったことは嬉しく思いますけど目覚めて早々問い詰められる筋合いはありません。それとも私が何かしたって言うのですか? 」
少女がはっきり言い放つ。さすがの歳三もたじろいだ。
夕希は少女の気迫に負けて手を放した。結果、少女は布団に倒れ込む。
「っ!! 」
少女は傷口を抑えた。
忠司が近寄ろうとすると手負いの獣のような目で睨まれた。
結局、話を聞くのはまた後になった。