3話 赤い髪の希望
化け物は気を失っている隊士に触手を巻きつけた。総司は必死になって刀を振っている。だが、斬っても斬っても触手はすぐにくっついてしまうのだ。総司の顔に絶望の二文字が浮かび上がる。
刹那。
「下がって……、くだ、さい」
声とともに総司の隣を布を被った少女が駆けて行った。
「待て、死ぬぞっ! 」
武器も持っていない少女に一が静止をかける。が、少女は突っ込んでいく。
少女を目がけて触手が振り下ろされる。少女は素早く地面を転がる。触手は何も捕えられない。少女はそのまま本体へと接近する。少女の右腕についている腕輪が眩しく発光した。光が収まったあと、少女の手には細い銀色の槍が握られていた。
「裂破!! 」
少女が叫びながら跳躍する。
槍の先に青白い光が集まり小さな球になる。その時、少女の被っていた布が風に舞った。
赤い髪の毛が広がる。燃えるような色。炎を思わせる赤色がそこにいた全員の目に焼き付けられる。鮮明な赤色はその場にいた全員の希望を示しているかのように赤く風にたなびいた。
少女の槍が化け物を貫いた。化け物は悲鳴も最後の咆哮すらなく倒れ込んだ。
「臨兵戦者皆陣破在前! 」
呪文が静かに響く。少女がこの呪文を三回繰り返したところで化け物の体が透き通って消えていった。
隊士達は自分の体をいじったり友と抱き合いながら無事を確認している。恐怖が薄れることはしばらくはあり得ないだろうが、隊士達が一息つけたのもまた事実だ。
少女の体が揺れる。細い体が倒れ込む。ギリギリで総司が受け止めた。
「君は!! 」
総司は驚きの声を上げた。見覚えのある着物。横にスリットがある。袖は着物とつながっていない、異国の服。総司に傘を貸してくれた少女だった。
少女を抱え起こした総司の手は血で真っ赤になった。
「すい、ません。少し、怪我…して、しまった、だけなので…。それに、さっきの、…やつの、せいで、は、無いので、ほっておいて、平気、……です」
息も絶え絶えに少女が呟く。その間にも血は流れていく。地面は流れ出した血で赤く染まる。雨と混ざり滲みながら広がる。そのことに一も気が付いた。
「戸板を持って来い。大至急だ」
三番組の隊士に命じる。隊士も察して走りだした。屯所はすぐ目の前だ。そう時間はかからないだろう。だがそれすらもどかしいと感じるほど少女の傷は深かった。傷口を抑えても血は止まらない。
「ほっといて、いいで……」
「いいから黙って! 」
少女の言葉を総司はぴしゃりと遮った。少女は薄れ行く意識の中で総司の言葉を聞いた。
間もなく十番隊が戸板を持ってきた。
その場から皆が屯所に移動した。
幹部らはすぐに集まり会議を開いた。
総司と一は包み隠さず全てを話した。
「なるほど。あっちで寝ている嬢ちゃんは総司達を助けてくれたのか」
左之助が呟く。歳三はイライラしているようだ。自分が否定した噂が本当だったからだ。それに、新選組でも歯が立たなかった怪物を少女があっさりと倒してしまったことも歳三をイラつかせている。
新選組は京を守るための組織。人が相手ならまだしも化け物や妖などと戦うことは予想していなかった。上に今回のことを報告するか、しないか。少女は何者なのか。やらなければならないことはたくさん増えて、歳三の肩にのしかかった。
歳三の眉間の皺が濃くなる。
「土方さん、皺、とれなくなりますよ? 」
総司が茶化した。数人からくすくすと笑いが漏れる。新八などは下を向いて賢明に笑いをこらえている。耳まで真っ赤にしながら。
「とにかく! 」
歳三は咳払いをすると話始めた。
一気に場に静寂と集中が戻ってくる。切り替えは早くできるのだ。この切り替えの早さは今まで戦場でも彼らを支えてきてくれたものだ。
「あいつが起きたら洗いざらいぶちまけてもらうぞ。それから、見回りを増やす。分かったな? 」
歳三の言葉に幹部達が頷いた。もちろん、総司も笑顔で。ただ、総司の笑顔は偽りだったが。内心、少女のことが心配で心配でしょうがないのだ。
会議は着々と進んで行った。
雨が久しぶりに止み、太陽が顔を覗かせた。
少女が目覚めたのはあの日から三日後の夜中だった。
「ここ、は…」
見慣れない天井に少女は戸惑いを隠せない。少女は起き上がりあたりの気配を探す。障子の向こう側に人の気配を感じ取り少女は起き上がろうとする。傷の痛さに顔をしかめる。
入って来たのは水色の目をした垂れ目の人だった。黄緑の髪は結ぶには短いくらいの長さだ。風に揺れている。
「あ、起きましたか。具合はどうですか?」
この人は四番組組長の松原 忠司だ。温厚な性格で生け捕りを得意としている。
「いっ」
少女がいきなり傷を抑えて顔をしかめる。無理をしたから傷口が開いたのだろう。忠司が近づくと少女は笑顔を作る。まるで痛さなど感じないかのように綺麗に笑っていた。忠司は水色の目を悲しそうに伏せた。
無理に笑うその姿が幹部の一人、沖田 総司と似ていたからだ。
風が荒れている夜だった。
新芽をもぎ取るような勢いで風が吹く。障子がそれに合わせてガタガタと音を立てていた。