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25話 長い長い自問自答の果てに


 怪物の頭からは蒸気が上がっている。最早もはや、あの、グロテスクな顔の面影は何処にもない。怪物は顔を抑えようとする。しかし、それより早く腕が吹き飛ぶ。

「地獄にお帰りっ!! 」

 神華の声が響き渡った。地面に眩しい紫色が浮かび上がる。怪物が出てきた時と同じように地面が裂けた。

「そんな……。あいつの唾液には睡眠作用があるはずなのに……」

 樹神こたまが茫然と呟く。


 樹神は神華を殺すとも生かすとも言っていない。

 でも、樹神は神華と共に新しい世界を生み出したいと何度も何度も誘いをかけていた。誘いが断られ続け、樹神は強行突破することにしたのだ。

 怪物の口の中一杯に広がっている唾液には睡眠作用がある。だから、神華を怪物の口の中に入れさせることで神華の動きを封じたつもりでいたのだ。


 だが、現実は甘くはなかった。神華は樹神と同じように夜紅一族の長に育てられた。

 怪物にどのような技があるかぐらいは聞かされていた。それに、怪物の封じ方も操り方だって教わって来たのだ。

 怪物に飲まれるのは想定外だったが外より中からの方が操りやすかった。札を使い、長い呪文の詠唱えいしょうを終わらせたのだ。

 唾液は警戒に警戒を重ねて、結界を三重に重ねた。

 神華は総司が戦い続けている間、同じように戦い続けていたのだ。

 さらに、自分の折れた左腕に添え木をして、骨の位置を正確に戻し、固定した。

 両手を使い、銀色の槍を一閃いっせんさせ、札を爆発させた。

 ただの爆発ではない。それこそ、怪物の顔を吹き飛ばす威力を持った色んな術が込められた札の爆発だ。神華の三重の結界も砕け散った。

 怪物の手の内側には、傷を治す液体がまとわりついている。

 だから神華は落ちて行きながら自分の体を回転させ、怪物の腕を切り落としたのだ。

 怪物は呻きを上げながら割れ目に吸い込まれて行く。悔しまぎれに怪物は胃酸いさんを吐く。怪物の胃酸は何でも溶かす。

 神華は着地したと同時に次の行動に移る。

 総司と樹神を怪物の正面から移動させるために二人を突き飛ばす。二人は弾き飛ばされたかのように吹っ飛ぶ。神華は遅れを取りながらも怪物の正面を移動出来た。

 怪物の胃酸が道路を溶かした。真っ直ぐなくぼみを作る。

 でも、それが怪物がやれたことの最後だった。怪物の頭はすっかり割れ目に入りきった。割れていた地面も嘘のように何もなくなっており、いつの間にか紫の光も消え失せた。


 神華は安堵の息を吐いた。

 樹神は信じられない思いで神華を見ていた。

「何で、助けたの? 」

 樹神の疑問は最もだった。総司も同じ質問をしようとしていたらしく若干、不満そうな顔をしている。

 神華は起き上がる。体中傷だらけで痛々しい。それでも、神華はいつもどんな時だって立ち上がる。何度でも何度でも。

「言ったでしょ? 長老は樹神と私がくっつけばいいと思っている。実際、樹神は近い境遇の私だけは暗黒時代の恐怖を体験させないようにしてくれた」

 神華は言葉をくぎり、樹神を真っ直ぐに見つめた。樹神はその視線にうろたえる。

「つまり、樹神が私を大切に思うことは長老の想定内だったのよ。つまり、今も私たちは長老の手の平の上で転がされてるだけよ。だから、アホらしいことやってるよりも直接言いに行くわ、私」

 神華は清々しい笑顔で言い切った。

 樹神も総司もポカーンとしている。

 話は理解できたが、どう言っていいのか分からないのである。


 長老は樹神が神華の次に純血ということを知っている。

 だから、境遇がにている神華に会えば、樹神が恋することすらも予測していた。自分の存在を認めてくれるただ一人の存在。誰だって恋している気分になるだろう。

 樹神は長老の予想通り動いた。

 もし、神華が樹神を殺してしまったとしてもそれはそれで問題ない。神華さえ、いればいいのだ。樹神の次に純血に近い者と結婚させるだろう。

「分かったの。外の世界に出たら、私はただの人間として扱われる。一人じゃないって分かった。だから、一遍、里に戻って、一族を解散させる。それが目標」

 神華は伸びをしながら話し続ける。

 空は晴れ渡っていた。

「樹神が暗黒時代を起こそうとした時間より、ずっと早く終わるよ」

 神華は戦いの中で自分が納得できる答えを探し続けていた。だからこそ、樹神の一方的に世界を破壊するやり方に反感を覚えた。止めようと思い、全力で暗黒時代がくるのを止めた。

 暗闇のなかでもがきながら手を伸ばし続けた。何度も死にかけてそれでもあきらめずにつかんだ答えに神華は満足している。


 総司は頭をかいた。

 神華がやることにいつも振り回されている。でも、総司は振り回されてもいいと思う。

「その里とやらに僕は連れて行ってもらえるの? 」

 総司としては神華に着いて行きたい。神華はよく無茶をするし、寂しがりやだ。総司はそんな神華が心配でたまらない。できれば絶対ついて行きたい。

「ごめんね、それはダメだよ、総司。総司を人質にされたら私は言うことを聞くことしかできなくなる」

 神華が悲しそうに言う。

 総司だって神華の足手まといにはなりたくない。もちろん、神華に悲しそうな顔をしてほしい訳でもない。神華が一度言い出したら絶対にやり通すことも充分すぎるほど知っている。

 だから、総司は神華を強く抱きしめた。


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