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24話 雲隠れにし


 総司は素早く菊一文字を拾う。菊一文字は総司の怒りを反映したかのように鈍い輝きを放っている。総司の緑の目は怒りで発光しているように見える。

 総司はゆっくりと刀を構えなおした。痛いくらいの殺気がほとばしっている。

「殺すっ!! お前だけは絶対にっ!!! 」

 総司が宣言する。

 その緑の目で神華を睨みつけながら。

「出来る物ならやってみなヨ」

 樹神こたまはやはり余裕の表情を崩さない。

 総司はなりふり構わずに突っ込んで行った。なりふり構っていない攻撃。いつもより早いが、その分隙も多かった。

 樹神が笑う。そのまま向きを素早く変え、総司に蹴りをお見舞いした。総司は何とか持ちこたえる。地面には総司の足が滑った二本の線が残る。

 総司はどれだけ力の差があるかを見せつけられたような気がした。

 それでも。

 それでも総司は諦めることはしなかった。諦めるなんて選択肢は総司の中に存在して居なかった。むしろ勝たなければならなかった。というより、総司の頭の中には樹神を殺すことで一杯になっていた。


 神華を守れなかった。戦えば戦うほど総司の中にあふれてどうしようもなかった。どうすればいいのか分からない気持ち。

 総司の目の前で神華は樹神が扱う怪物に喰われてしまった。助けることさえ叶わなかった。総司の怒りは己に向けられた物だ。行き場を失くした怒りは敵である樹神に向けて爆発させられていた。

 樹神が居なければ神華は死ぬことはなかっただろう。総司は樹神に怒りをぶつけることでしか現実と向き合えなかった。

「何で、神華を殺す必要があったのさっ!? 」

 総司が怒気をはらんだ声で樹神に言う。目は正気の定かではない。

 樹神は若干、恐れを感じた。総司が人間の皮をかぶった化け物にしか見えなかったからだ。

 樹神は唾を飲み込み頭を振った。落ち着くために。

「誰が殺さないって言ったの? 殺すとも言ってないけどネ」

 樹神は至って冷静を保ちながら、それだけを言った。

 しかし、総司の神経を逆なでするには充分すぎるぐらいの言葉だった。総司はさらに鋭くなった目で樹神を睨んだ。冷たい色で燃える、炎のような目だ。

「そう、なんだ。君にとって妹ってそんなもんだろうね」

 驚くほど冷たい声音で総司は告げた。口調は静かだが、中に隠れている怒りはものすごかった。

 許せないと、総司は心の中で繰り返す。狂いそうなほど何度も何度も繰り返す。総司は目つきをどんどん鋭くしていく。信じられないほど瞳孔どうこうだけが開いていく。

 神華を守れなかったのは己が弱いせい。だが、神華だけが総司を救えたというのに、その神華はもうそばにいない。殺したのは目の前にいる、樹神。

 そんな総司に樹神は笑顔を消した。

「キミこそ、本性はこっちなんだネ。今までずっと隠れてたんだヨ。キミのどこかに、さ」

 樹神は少し総司と距離を置きながら言葉を紡ぐ。


 総司は今まで一度も本気で怒ったことは無かった。

 人と関わるのは嫌い。物心ついた時からである。すり寄って来る女はもっと嫌いだし、苦手としていた。ゆえに一人をこのみ、人と深く関わることを拒んだ。

 だから人を本気で怒ったことも無い。怒ることは相手を本気で気にしないとできないことだ。

 総司は何においても笑顔でスルーした。土方さんに言われたからではない。

 ただ、その性格が総司の心から怒りを隠し続けていたのだ。何事もないただ、笑顔で居続ける日々。それが総司の安全であり、総司の普通の毎日だった。

 総司はここにきて初めて人にキレた。人生初である。

 全ての感情を隠していた心の雲は神華が綺麗に払われた。総司の心の中では沢山の感情がを作りながら混ざり合い、総司自身困惑していた。


 ただ、総司の中でただ一つ確かなことは樹神への殺意だった。

 総司はそれだけを頼りに行動していた。強い力で操られているかのように総司は刀を振るい続ける。刀の切れ味がが鈍っても刀の動きは止まらない。最早、切れ味など総司にはどうだってよかったのだ。ただ、目の前にいる樹神を跡形もなく消し去ることだけを目的としていた。

 それほどまでに怒りに狩られていた。

 樹神は総司の急変に戸惑いを隠せない。動きは総司とは違い遅くなっていく。樹神は総司に圧倒されていたのだ。信じられないことに。

 樹神自身このままじゃまずいことは百も承知済みである。だけど、総司の殺気に完全についていけていない。樹神の体はすくんでしまった。

「キミはっ!! 何でっ!? 」

 樹神が言葉を詰まらした。

 総司の愛刀、菊一文字はもう目の前に迫っている。もう、丸みを帯び始めている刀の切っ先が樹神の視界を一杯に埋めていた。

 樹神だって死ぬわけにはいかない。何とか体をひねり、急所への刀の直撃を何とか避けることが出来たが、樹神は右耳を大きく削がれた。

「次は外さない」

 総司が口の中で呟く。

 冷淡な声が樹神の耳にも届く。

「こいつ、正気、かよ」

 樹神がたまらなくなって言った。総司の耳に樹神の声は届いてない。不確かな足取りで総司が樹神に近づいて行く。


 その時、怪物の頭が吹き飛んだ。

「え? 」

「そんなっ!? 」

 間抜けな総司の声と樹神の慌てたような声が被った。


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