22話 切り落とされた火蓋
夏の日差しが降り注ぐ。乾いた道路を歩くたびに砂埃が立つ。
日光が二つの影を照らしている。神華と総司だ。
二人は黙って歩みを進める。確かにこの辺りから闇の気配を感じるのに肝心の樹神が姿を現してくれない。樹神が姿を現さないかぎり、闇の術を解くことは不可能。
しかも闇の術は一日一日の変化の波がすごいある。だから、必ず一日に一回は見に来て調整しないといけない。神華は一目に着きにくい夜だと踏んだ。しかし、昨日まで夜も見回りを強化してきたが、一向に樹神は現れなかった。
だから、夜という発想を切り捨てて昼に見回りを開始した。
昼はそこそこ人目あるという予測だったがそれは大きな誤算だったことを神華は知った。
暑さは人々を家へと引っ込めた。通りには誰もいない。
神華は歯を食いしばった。
「まさか、こんなこと」
神華が悔しそうにつぶやく。総司も何も言えない。総司も夜だと思っていたからである。裏をかかれた気分だった。
そして、神華の予測通りの場所に樹神が降り立っていた。
「あれ、やっと来たの、妹君? 」
樹神は長い三つ編みを揺らしながら笑って言った。銀色の髪は太陽の光に照らされ眩しく光り輝いているようだ。
樹神はすごく満足そうだ。充分な時間は稼げたと言う表情だ。神華の脳裏に最悪な事態が予想されている。
樹神の表情から考えるともう暗黒時代の幕開けが出来るというのだろうか。
「神華、予想どうりだよ。ボクの術は今日完成したんだよ!! 」
嬉しそうに顔を輝かした。子供がご褒美をもらうかのような顔の輝かし方だ。嬉しくて嬉しくて仕方がないような顔だ。ワクワクを抑えらなくてしょうがないらしい。
「見せてあげるよ、神華。ボクと神華だけの世界を作ろう」
神華は寒気さえ覚えた。総司に至っては恐怖を感じている。
樹神は両手を挙げた。
地面が紫に光を放つ。
視界が紫の光で一杯になる。二人は眩しくてやってられなくなり、目を閉じた。その瞬間、地面が揺れる。地震だ。
地面に亀裂が入る。地下から何かが出てこようとしている。
おぞましいという表現がぴったりなぐらい歪な手が割れ目から出てきた。爪は鋭く、滑り気がある手があるのだ。
「知ってるかい、神華。暗黒時代は一匹の怪物によって引き起こされたんだヨ」
樹神がわざわざ説明してくれる。
姿を現したのは全長25メートルぐらいありそうな怪物だった。そう、怪物以外の何物でもなかったのだ。ソイツを現す言葉はそれ以外にあう物など無かった。
神華は唾を飲み込んだ。冷や汗が流れる。
それに比べ、総司は落ち着いた表情だった。
「暗黒時代とか知らないよ? でもさ、気に入らないんだよね、その態度。斬っちゃうよ? 」
総司はニコリともせずに言った。すでに刀に手をかけている。
刀は総司の愛刀、菊一文字である。菊一文字は先まで鋭く、総司の得意技の三段突きにさらに磨きをかけてくれているのだ。何年も使われ、総司の手に馴染んだ刀である。切れ味はもちろん良い。
樹神は怪物の手の平に立ち、総司を見下ろした。
「出来るのかナ? 」
鼻で笑う。
総司は静かに怒りを爆発させた。目つきが神華と話しているときとは変わり、緑の目に鋭い光が宿る。全身から、肌に突き刺さるような殺気を振りまいている。ゆっくりとした動作で刀を抜き放ち、樹神を真っ直ぐな瞳で見据える。
神華も総司に合わせるように腕輪を付けた手を振った。その瞬間、腕輪が一瞬光を放ち、槍になる。神華のいつもどこから出てきたか分からない槍は普段は腕輪になっていたのだ。
神華も怒っていた。世界を滅ぼそうとしている樹神に。総司のことを馬鹿にした樹神に。
紅の瞳がキラリと光を放つ。夕焼けのように赤い髪は真っ赤に燃える炎のようだ。気高く熱い炎は全てを浄化すると言うがその表現がピッタリくるような怒り方だった。
「総司。私は暗黒時代だけは止めなきゃいけない。だから、その間だけでいい。樹神を止めて置いて欲しい」
怒りで我を忘れるような人物ではないのが神華だ。怒りよりも世界を救う方を優先した。冷静に、なおかつ迅速に。
神華は怪物と向き合った。怪物はまだ封印が覚めたばかりで動きが鈍い。
「まずは、一本、取らせてもらうわ!! 」
神華が大きく飛躍する。人間とは思えない脚力だ。そして、怪物の腕を切り落とした。しかも樹神が乗っている方の腕である。
樹神は落ちて行きながらも余裕をなくさない。
「腕を落としたぐらいどうってこともないヨ」
ニコニコした表情で樹神は神華に語り掛ける。神華は落ちて行きながらも樹神に槍を振った。樹神は後ろに反り返り、猫のように回転しながら、着地する。
「危ないなぁ。もし当たっていたらどうすんのかナ? 」
樹神は危なげも無く着地したというのに、呑気にそんなことを言った。
そんな余裕丸出しの樹神を後ろから総司の菊一文字の切っ先が襲う。樹神は宙がえりしながらこれも楽勝に避けてしまう。
「よそ見していると痛い目みるよ? 」
総司が言った。
後ろでは神華と怪物の戦いが既に始まっていた。