21話 共鳴する気持ち
日が昇る前。東の空が少し明るいくらいの時間帯に神華と総司は新選組の屯所を出た。
総司の新選組の隊服は綺麗に畳んで部屋に置いてある。総司の服は私服である。
誰も見送りには来なかった。また、会えると信じているから別れの言葉など必要ないと思っていたからだ。だが全員が理解していたはずだ。もう、これが最後という可能性があるということだ。総司が死ぬ可能性だけじゃなく、新選組の方が死ぬかもしれないのだ。
互いにそれを知りながらさよならは言わなかった。言える訳がなかった。
もはや、言う必要すらなかったのだ。お互いがお互いを信じていたから。
神華達が出て行ったあとの門の端っこで夕希が一人で膝を抱えていた。両目からは止どめなく涙が落ちていく。涙は夕希の頬を伝い、地面に吸い込まれて黒い染みを作った。
それでも、涙は止まることを知らないように落ち続ける。
夕希はただただ静かに涙を流した。
「泣くもんじゃない。信じろ」
いつの間にか、夕希の隣には左之助が立っていた。赤い槍を持ちながら静かに立っていた。一言だけ、信じろとそれだけを言って立っていた。
朝焼けに照らさられている左之助からは最後にさせるもんかという強い意志が感じられた。強い言葉だった。
一方、神華達は闇の気配が一番強い場所に向かって歩いていた。
「総司さん、歩くの早すぎだったりしませんか? 喉とか乾きませんか? 」
神華は初めて誰かと旅をするらしく、何故か最初から腰が引けている。緊張しっぱなしでカチコチしている。総司はその姿に笑いをこぼしている。
「神華ちゃん、もう、呼び捨てでいいよ」
落ち着いた声で総司に諭されても、神華は緊張したままだ。
旅の最初からこんなんでは神華が持たないだろう。総司はそう考えた。
「神華ちゃん。お茶屋にでも寄ろうか? 」
総司はお茶屋を指さしながら提案した。神華はやはり首を縦に高速で動かした。
神華の緊張は高まるばかりでおさまりそうに無い。紅色の瞳は落ち着きなく、あっちこっちを見ている。手は力を入れ過ぎで白くなっている。
総司は黙って神華の手を上から包み込んだ。神華がたじろぐ。
「神華ちゃんさあ、こんなに力入れてると、手が痛くなるよ」
優しく包み込まれた手から力が抜ける。神華の動きが大分、普通になってくる。
運ばれてきたお茶からは湯気が立っている。お茶には三色団子もついてきている。二つともとてもおいしそうに見える。だが、神華はまだ手を付けていない。
総司は団子に手を付けた。
「おいしいよ、神華ちゃん」
総司に言われてやっと、神華もお茶に手を出した。熱いお茶が神華の喉を潤していく。乾いた口が潤うと神華はようやく詰まっていた息を吐き出した。
さらに総司に勧められて三色団子にも手を付けた。神華は団子をほおばった。食べている内に表情もほぐれてきた。笑顔も見られるようになってきた。
「そ、総司。ありがとう」
言いにくそうに神華が言った。総司も名前を呼ばれて嬉しそうになる。
二人は少しずつでも確実に距離感を縮めて行った。
総司の中で少しずつ神華の存在が大きくなっていた。
最初はただ、自分が一人だったからなんとなく似ているな、と感じただけだった。また、傘を貸してくれたから今度返さないとという単純な気持ちもあった。
でも、本当に神華が一人だったことを知って本当の意味で近づけた気がした。それをきっかけに神華のことをもっと知りたいと思った。神華は不思議な存在だと思うと同時に神華と話したいと願うようになった。
話すことが増えてくると総司はボクのことも知って欲しいとさえ感じた。話せば話すほど関われば関わるほどそういう感情は増していった。神華が色々な感情を総司に思い出させてくれた。一人だから感情が固まったままの総司に思い出させてくれた。
神華がいたから総司は思い出せた。様々な眠っていた感情を。
総司は神華と一緒に旅に出れたことを嬉しく思う。
だからこそ、終わったらちゃんと新選組に帰ろうと思える。皆と話せるようになって、明るく笑いあって、京の町を守って。悲しみさえ、分かち合えるようになりたい。
そしたら、神華に傘を返すのだ。長い間借りててごめんね、と。
神華はいつもと違う感覚にまだ慣れていなかった。
一族に神として祭り上げられていた時はもちろん、旅に出た時だって一人だった。一人が当たり前で、日常だった。友達を持ったことすらなければ異性と並んで歩いたことなんて無かった。
だが、今は違う。
神華の隣には総司がいる。目が合うだけで優しく笑ってくれる。何かあるとすぐ心配してくれる。神華にとってはじめてな体験ばかりであった。
宿をとった時もいつもと違い、二人部屋。布団も二枚。話し相手になってくれ、笑わせてくれる。
楽しいと素直に神華は思った。一人のときよりずっと楽しさが増した。自分が一人でないと改めて感じ、とても嬉しいとさえ、感じた。
神華は総司を見つめた。
「何? 何か言いたそうだね」
総司がいつものように声をかけてくれる。
でも、神華は全てが終わったら言うべき言葉だと思った。
「何でもないよ」
だから、神華は嬉しそうに自分の秘密を胸の奥にしまった。