20話 その重み
総司の言葉を聞いて顔色を変えたのは神華だけではなかった。その場にいた皆、つまり、新選組と夕希が全員顔を真っ青にした。神華に至っては青を通り過ぎて白くなっていた。
神華の発言で総司は動いたのだから。
「何ですか。やると言ったからにはやりますよ」
総司は平然とのたまう。
だが、背中は冷や汗が流れおちていた。切腹の恐ろしさは総司が一番しっているのだから。
「総司、テメェ、ここはふざけるとこじゃあ、ねえぞ」
歳三が総司を睨む。紫いろの瞳が苛烈に輝く。総司は歳三の視線などどこ吹く風って感じで笑って見せた。歳三の額に新しい皺が刻まれる。
「冗談じゃありませんよ? ああ。それじゃあ、着替えてこないとですよね」
立ち上がる総司。しかし、また座ってしまう。気が臆した訳では無い。
神華が総司の袖を引っ張て座らせたのだ。
「脅しですか? 」
神華は若干涙目になっている。
人の優しさを受けるのは苦手だが、せっかく話をしてくれた人なのだ。神華のせいで死ぬなんて神華は許せない。
一緒に居たい、でも、怖いという気持ちに挟まれて神華は困り顔を続けていた。
「いや。僕は信じた道を進むだけだよ」
総司は真剣に言う。
つまり。
総司が信じた道。それが神華と共に戦うことだった。新選組のだれもが神華と共に戦わなければと思いつつ、言葉に出来なかった。形にすらならなかった物を総司は信じた道だからと一人、神華とある意味、攻防戦をしているのだ。例えぶつかってもそれが信じた道だから貫いた。
神華はゆっくりと息を吐いた。やけに長く。
それは諦めるために吐かれた息だった。神華は総司に負けたのだ。
総司の緑の目があまりにも真剣で。あまりにも美しかったから。せめて少しぐらいはそれに答えなければならないと思わせるほど真っ直ぐな目をしていた。
「分かった。総司さんだけなら……連れて行く」
長い長い沈黙の後にまだ迷いがあるように神華が返事をした。
そのとたん、場はワッと盛り上がった。歳三でさえ、安堵の息を零している。さっきまで反対していた者も今は喜び合っている。総司が真剣なんだと、誰もがやろ取りを聞いてて分かってしまったからである。
夕希は一人、立ち上がった。
いつもの強気な夕希の姿はそこに無い。あるのは己の失恋を知った乙女の姿だった。目の淵いっぱいに涙を溜め、口を押えて足早に歩き去った。
総司がそれに気が付き、後を追おうとすると、隣から腕が伸びてきた。左之助だ。
「お前は自分の姫さんを守りな。向こうは俺がやっとくからよ」
左之助はいつもの屈託ない笑顔で言った。総司の思いが届いたことを純粋に喜んでくれている笑顔だった。総司も心からの笑顔を送る。
「じゃあ、悪いですけど頼みましたよ? 左之さん」
緑の目が気のせいか、いつもより輝いて見える。
左之は総司の腕を掴むと握手した。暖かく、心地のいい体温。
「総司、必ず帰って来いよ」
力強い言葉で左之助が総司の背中を押し出す。
総司は柔らかく微笑んだ。
「左之さんこそ、気を付けてくださいね」
総司が言い返すと安心したように左之助の顔が再びほころぶ。左之助はもう一度だけ総司の手を強く握ると夕希が去った方へ歩いて行った。
月が空に浮かんでいる。月には叢雲がかかっている。美しい月が神華を照らしていた。
神華にはまだ迷いがある。
総司を巻き込んでしまっていいのか、という不安だ。今回の事件は長老や夜紅一族が起こした事件。そこに部外者を入れてもいいのか、と。
神華が樹神と戦わなけばならないのは最早、必然であり、避けて通れない道だ。しかし、総司は違う。いくらでも安全な道があるのだ。わざわざ、危険な道を通らなくてもいいのだ。
言い換えるならば、神華が一人だったから、総司は心配してついて来てくれようとしているのだ。
本当は総司が神華に引かれているからついて行きたかったのだが、神華の頭の中ではそうなっているのだ。
神華は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「そんなところでどうしたのさ? 明日は早いよ? もう寝ないと」
総司が自分の部屋に入る前に神華が庭に立っていることに気が付く。神華は俯いた。それから意を決したように顔を上げる。
「総司さん、すいません。私が弱くて頼りないから無理してまで、私について来ようとしてるんですよね? すいません、本当にすいません」
神華は目から涙を零した。
優しさの受け取り方を知らない神華は自分のせいで総司を巻き込んでしまったという意識が消えない。
総司は縁側から飛び降りた。素足のままだ。
分かってしまったのだ、総司には。総司も一人だったから。神華がいつも一人だったんだと過去を知らないのに分かってしまった。ただ、神華が困り果てて泣いているところをこれ以上総司は黙って見ていられなかった。ただ、それだけで総司の体は動き出した。
そして、泣いている神華を抱き寄せた。
互いの鼓動と体温をすぐそばに感じる。二人とも、少し鼓動が早くなっている。
「そ、総司さん? 」
神華が戸惑ったように身をよじる。細くてしなやかな体だ。総司は彼女のい体を強く抱きしめた。神華は最初のうちは困っていたがそのうち総司に身を任せるかのように少しずつ少しずつ体の力を抜いた。
「僕を信じて」
総司が神華の耳元で囁く。神華は小さく頷いた。本能的に信用しても大丈夫だと思えたのだ。今度こそ神華は総司に全ての体重を預けた。正式には安心してしまった神華は眠ってしまったのだ。相当の緊張と疲れが神華の細い体にかかっていたのだった。
総司はそんな神華を横抱きにして部屋へと消えて行った。