18話 選んだ道 僕は後悔しない
歳三の後ろには新選組の幹部がいた。さらに、その後ろには困った顔で苦笑いしている勇の姿がある。勇のうしろには隊士達も集まっている。言うまでもなく、夕希もいた。全員が暗い顔をしている。
総司は少し驚いた表情をしてから、いつものようにからりと笑顔を見せる。いたずらっ子のような、愛嬌のある顔だ。
「土方さん、落ち着いてくださいよ。何を慌てているんですか? 」
人を茶化すかのような総司の言い方に毎度のことながら、歳三は怒りを覚える。いつでも、余裕ぶった総司の笑顔は歳三がやらせているところも多い。だが、本当にイラッとくるのだ。
いつもなら怒りに任せ、怒鳴り散らす歳三だが、今回はすでに怒っていたこともあり幾分か聞き流せたらしい。代わりに歳三の額の皺はさらに深くなる。歳三は取りあえず言うべきことは言ったので、怒りを腹の底に抑えた。
そうでなければまともに話し合うことすらできない。歳三は煮えくり返りそうな怒りを頑張って落ちつけた。
「わあ、すごい。土方さんが怒らなかったよ。まあ、聞きたいことも言いたいことも分かっているつもりだから、取りあえず座って下さいよ」
最初に余計なひと言を言ってから総司は本題へ入った。
夕希は不安そうな顔で総司を見つめていた。夕希の悲しそうで苦しそうな顔を総司は一度も見ることなく話は始まろうとしていた。
聞きたくない。夕希は心からそう思った。総司の話を聞きたくないと思ったことなどいままでなかった夕希にとっては初めての体験だった。
夕希はそれほどまでに総司に惚れていた。総司が親の仇だと知っていても。それでも惹かれずにはいられなかった。
最初は殺す気でいた。親の仇なのに、隙があればいつでも殺していいよ、とかなめたこと言ってきたからだ。思い知らせてやる。夕希はそう誓った。
総司を殺すために総司について調べた。総司に近づいて仲良がいい振りをしたこともある。刀でいきなり襲い掛かっても笑顔で交わされるだけ。総司なら、夕希が襲い掛かった瞬間殺すこともできるのに総司は斬らなかった。
総司がその方法が唯一の償いだと思っていることも夕希は知ってしまった。怒りが出てくるよりも先にあの人も人の子なんだと思った。総司が勇に話していた時、あまりに辛そうな顔をしていたから。
夕希はそこから、総司についてもっと知ろうとした。
でも、総司が人が嫌いで女を最も嫌いとしていたので、中々、総司の本音にたどり着くことは出来なかった。
やっと、少しずつ話せるようになってきたところに神華がやって来たのだ。
神華は夕希から総司を奪っていった。悔しくて悔しくてしょうがなかったから、酷い約束をさせてしまった。神華を化け物と言うことで。
神華は約束を守ろうとしてくれた。そんな神華に総司の心が移っていくことに夕希は気が付いてしまった。夕希が何かをすればするほど総司の心は反対方向へ動いて行く。夕希にはもう、止めることすら叶わなかった。
そして、夕希が最も恐れていたことが目の前で起きてしまった。総司が新選組を離れようとしている。
総司はニコリと笑って話し出した。
「嫌だなぁ、土方さん。切腹の覚悟何てとっくに出来てますよ、今はやらないだけで」
明るい口調から一変し総司は真面目に話を進める。すでにどよめきが広がっている。総司は少し時間を空ける。自分の声が聞こえるように。
場は静かになっていった。
「僕はね、帰ってきたら切腹するって言って近藤さんと話したんですから」
総司は、話したを強調した。だが、実際のところは脅しのようなもので勇は半ば強引に首を縦に振らされたのである。
神華は大体話が読めてきたらしい。苦虫を数十匹噛み潰したような渋い顔をしている。まるで、子供の駄々を延々と聞かされるような顔だ。
だが、内心は嬉しさと悲しさが荒れ狂っていた。
昨日、総司は勇と廊下で話した。それが総司に勇気を与えた。
そして、総司は勇の部屋へ行き、今後のことについて話したのだ。新選組は京の街を守ることが仕事だということ。でも、今はその勤めが果たせていないこと。新選組の代表として、神華について行きたいということ。総司が守りたいと本当に思える者がたくさんあるとういうこと。
勇は総司を神華の元へ行かせるのを怖がっているようだった。正直、勇は総司を幼いころから見てきた。故に、渋ったのだ。
そこを総司は根気よく説得した。
また、今承諾してくれないのなら、ここで切腹すると言って脅した。それほどに本気だと言うことが分かって勇は折れるしかなかった。
総司は事の大事な部分だけを拾って話をした。もちろん、勇を脅した事は伏せている。
場は静まり返った。
総司がやることに驚くのはいつものことだが今回は突飛過ぎた。
「何だってこんな急に。それに神華も困るよな? 」
左之助が場を代表するかのように言った。
それを最初に今度は神華へと質問が波のように押し寄せられる。神華はめんどくさそうに眼前に広がる光景を一瞥した。
「急に私に振るな。あと、総司さんを連れていくつもりはさらさらない」
神華は不満そうにそれだけを完結に述べた。誰もが安堵の息を吐く。歳三でさえ、少し安心した様子だ。
「それは、夕希ちゃんと新選組を巻き込まないって約束したから? そんなのじゃ、僕は納得しないこと知っているでしょ、神華ちゃん」
総司が言い切る。
夕希は俯き、神華は黙り込む。
場が異様なまでに静まり返り、再び緊張状態に陥った。
「大体さ、君はこんなに怪我してるのにさ、ほっとけっていう方が無理なんだよ。それに、新選組は離隊は認められていないんだよ? その意思を示しただけで切腹」
総司は好機と見たらしく、しゃべり始める。珍しく口数が多い。
新選組の局注法度は厳しい。離隊の意志を見せただけで切腹。故に総司は今、切腹しろと命じられてもおかしくない。
「だから、君を助けて隊に戻るしかないんだよ。そうじゃないと切腹だもん」
総司は色々と計算高い男である。
神華を丸め込むためにどうやら、その手段は問わないらしい。