17話 突き抜けた覚悟
総司の肩を叩いたのは新選組局長、近藤 勇だった。
勇は総司がとても尊敬している人だ。
「こ、近藤さんっ!? 」
総司の声が裏返る。振り向く際に、気分が悪かったため、思い切り睨んでしまったからだ。だが、それも一瞬のことで、驚きはすぐに、尊敬する近藤さんを睨んでしまった後悔にすり替わる。総司はしょんぼりとした。
勇は睨まれたことを気にしていなかった。また、そんなことをいちいち気にするような器ではない。
「総司ィ。そんなことを気にしなくていいんだぞ! 」
勇は大きな声で笑った。明るく人を信じることが出来るところが勇のいいところだ。でも、それが短所になることもしばしばある。
だが、総司はそんな勇を尊敬する気持ちは変えない。
「近藤さん、静かに!! 」
総司が慌てて、勇の口を塞いだ。勇の声も小さくなる。
二人が立っているのは廊下。すぐ隣の部屋の中では高熱を出している神華が眠っている。熱はかなり高く、今日中に引くかどうかすら怪しい。神華は熱に加え怪我もたくさんある。大声は傷に触るだろう。
勇も思い出して、笑いを収めた。
「総司。お前の手は汚れてなどいないぞ」
咳払いをして、急に態度を改めた勇が言った。顔は真剣な表情になっている。でも、声は総司が神華を寝かした時のように優しさがあった。
総司はひとり言を聞かれた恥ずかしさに勇から視線を外す。
勇は総司の名前をもう一度呼んで、視線を合わせた。
「総司はいつだってこの京を守ってきたのだからな。総司の手が汚れていないのはこの俺が一番知っている」
勇が総司の肩を力強く叩いた。
総司は少しだけ口元が持ち上がるのを自覚した。尊敬している人に認められた嬉しさと勇が総司のことを何でも知っていることに対しての気恥ずかしさだった。
「やっぱり近藤さんには敵わないなぁ」
そう言った総司の顔は何処となく嬉しそうだった。声もさっきより幾分か上がっている。
神華が次に目を覚ましたのは一日たった、真夜中のことだ。
雨は止み、生ぬるい湿気を風が運んでくるばかりである。じっとりとした空気が肌にまとわりつく。少しだけ、汗をかいている。神華は喉の渇きを感じた。
神華はゆっくりとした動作で体を起こした。体中の筋肉が悲鳴を上げた。
紅の瞳で辺りを見回す。自分が新選組の屯所にいることを確認した。屯所内は風が通りやすく作られているらしい。夏の夜にしてはまあまあ過ごしやすいところだ。神華の周りには気を使ってだろうか、人は誰もいなかった。
代わりに、神華がいつも着ている、異国の服が丁寧に畳んで置かれていた。服の上では銀色の腕輪が鈍く光っている。
神華は笑みをこぼした。
素直に嬉しいと感じられたからだ。この間来た時は散々な扱いだったが少しずつ意識が変わってきてくれていることが。自分を受け入れてくれることが。
些細なことかもしれない。それでも良かった。神華が戦うにはその変化だけで充分すぎるほどだ。
神華はそのことに感謝しながら、再び布団に戻った。
時期に訪れる戦いのために体を休めることにしたのだ。
屯所から遠く離れた土地で、銀色の髪をした少年が涙をながしながら笑っていた。
狂ったかのような笑み。
すべての悲しさを背負った笑み。
希望を砕かれたものが作る笑み。
苦しい笑み。
そのすべてを背負った少年はただ、涙を零す。
涙を零しながら笑みを消していった。
紅の瞳に強い光が宿る。
その光の色は純粋なほどの殺意と憎しみ。
月はその変化を静かに空の上から見ていた。無機質な光で夜の地上を照らしながら。
朝の光が差し込み、神華は浅い眠りから目覚めた。
体を起こす。筋肉の痛みは完全に消えた訳じゃなかったが、だいぶ楽になっていた。神華は試しに腕を回してみる。鈍い痛みが残っているが戦え無いほどではない。いつもの力を十二分に発揮できるだろう。
本当ならば休んだ分、すぐにでも仕事に出たいのだが、一宿一晩の恩義という物がある。せめて挨拶だけでもしなければと思い直し、神華は着替えると部屋で大人しく待っていた。
誰かが来るだろう、という考えからの行動だ。
「入るよ」
障子の外から、聞きなれた声が神華の耳に届いた。神華は短く返事をする。
入って来たのは神華が予想していた通り、総司だった。
「もう起きても平気なの? 傷は結構深かったみたいだけど」
優しい声で総司が切り出す。総司は珍しく、隊服を側に持ってきていなかった。前に会った時より穏やかになったと神華は思った。例えるなら冬の凍てつくような雰囲気から春の穏やかな気に変わったという感じだろう。
「ああ。もう平気だ。恩に着る」
神華はあくまで他人行儀に挨拶をした。そんな神華をみて総司は口元を緩めた。神華が夕希との約束を守ろうとしていることに気が付いたからだ。
「いいんだよ、神華ちゃん。そんな風にしなくても。だって僕は……」
総司の言葉は途中で遮られてしまう。
乱暴に開け放たれた障子の向こうから歳三がすごい形相で乗り込んで来たからだ。
「総司っ!! テメェ、新選組を一度抜けるってどういうことだぁっ!? 切腹の覚悟は出来てるんだろうなぁっ!? 」
場は途端に静寂に包まれた。