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13話 兄妹の対峙


 季節は休む間もなく移り行く。

 初夏という短い季節はあっという間に過ぎ去った。

 セミがうるさいくらいに鳴いている。太陽はこれでもかというぐらいに降り注いでいる。風はもはや暑苦しい空気を運んでくるだけだった。

 新選組の屯所はだいぶ落ち着いてきた。神華のことも妖のことも忘れはじめていた。相変わらず、妖の報告や行方不明者は絶えず連絡が入って来ていたが。

 変わらない毎日。平凡。当たり前で何も可笑しくない日々。


 だが、異変は突然やって来る。何の前触まえぶれもなく。

「新選組の旦那方だんながた!! あれをどうにかしてくんなせぃ」

 その声は異変の始まりの告げる声。渦巻く荒波い飲み込まれることを教える最初で最後の警告だった。


 大路おおじを横たわるのはいつか神華が言っていた怪物。常人じょうにんの目に見える見えないの問題ではない。昼間から妖怪がいることが問題なのだ。しかも堂々と昼寝を楽しんでいる様子だ。

 口には血を垂らしている。

「なにこれ? 」

 想像していなかった事態に総司は思わず口を開けてしまった。

 いな。まったく予想害な展開というわけではなかった。

 あの日、神華から話を聞いていた皆は予想が出来ていたはずなのだ。神華は暗黒時代が来ると確かに告げたのだから。でも、無意識に考えまいとしていた。

 目の前にいる妖怪はクマとライオンをあわせたような体をしている。手足にたかのようなつめをもっている。また背には翼がある。全体的に黒い。

 妖怪は先ほどからゆっくりくつろいでいる。日光浴を楽しんでいるように見える。

「これを邪魔したらこいつ、暴れるぜ? 」

 左之助が言う。たぶん、左之助の予想はあっているだろう。誰もがそう考えたに違いない。左之助は赤い槍をかつぎながら寝ている妖怪を見つめる。その眼は鋭い。

「かと言って、こいつが大人しくここでずっと寝ているとも思えませんけどね」

 総司が一番問題になっているところをズバッと言う。誰もが何も言えない。こいつはきっと起きたら暴れ出すに違いないのだから。多分、人間を喰らうのだろう。この妖怪の大きな図体を保つためにどのぐらい食べるのかは計り知れない。知りたくも無かったが。

 総司達はまったくと言ってもいいほど手出しができない。左之助が言ったように下手に刺激したら、どのようになるか分からないからだ。その場にいた新選組の隊士なら誰もが冷や汗をかいていた。さらに言えば、こいつに武器が通用しないことは誰もが知っていた。

「どうするのだ? 」

 一が珍しく自分で考えることを放棄してしまっている。脳の処理が追い付いていない。

 皆がこの状況を悲観ひかんし始めた。


 野次馬はとうにいなくなっている。恐れをなしたのだろう。新選組の任せておけばいいだろうという気持ちの表れでもあった。

「ここも、か」

 総司の耳に聞きなれた声が飛び込んできた。総司は振り返った。誰もいない。

 一瞬、太陽が陰る。

 神華が人間じゃ、あり得ない高さで跳んだからだ。その跳躍の力は一体どこからくるのか不思議なくらい細い体つきだ。

 神華が妖に槍を刺そうとする。すると、どこからかもう一つの影が神華の行く手をはばんだ。高い鉄の音が響き渡った。

 神華は舌打ちをしながら飛びずさった。赤い髪が踊るように広がった。

「また、お前か」

 神華が低い声で脅すように言う。その声からは殺気さえ感じられた。

 総司や左之助、一はただ驚くばかりだ。神華はこんなしゃべり方もするのか、と。新何が起こっているのか理解できていないから変なところで関心してしまう。

 神華が睨む先には青年がいた。総司とそう年は変わらないだろう。体は細いがきたえられているのが見て取れる。

 青年は銀髪の長い三つ編みにして後ろに垂らしている。毛先に行くほど銀色は薄れ、白色になっている。紅い目は神華とそっくりな色だ。青年は嫌味なぐらいニコニコしている。

「やだなぁ。お前だなんて。ボクにおはちゃんとした名前があるヨ? この前も教えたよネ? 」

 青年は友好的に神華に語り掛ける。ニコニコした笑顔は変えずに。

 しかし、青年を睨む神華の目は鋭くなっただけだった。

「霧雨 樹神こたまだヨ。忘れちゃった? 一応、兄と妹なんだからさ、名前で呼んでくれないかな? まあ、お兄さん、でもいいけど」

 樹神こたまは変わらずの笑顔で言った。神華の機嫌を逆なでするようなことばかり言っている。怒った神華を見て喜んでいるようにさえ見える。

 何を考えているのか全く分からない奴だった。ただはっきり言えることは嫌な奴ということだけだろう。

 神華は紅色の瞳で神華を睨みつけた。

「黙れ。貴様などを兄と呼ぶつもりは無い! そこをどけ」

 神華が怒気を抑えて言う。でもきっぱりとした拒絶の意志が垣間見かいまみえた。鋭い殺気は神華の体中から放たれていた。鋭い殺気に多くの隊士が足をすくませる。

 樹神こたまは困った表情で神華を見た。

「嫌だヨ。だって、どいたらこの子殺しちゃうんでショ? この子に手を出すんだったらやっぱり殺さないとネ。残念だヨ」

 樹神はうつむく。だが、悔しさや悲しさのせいではない。

 口元はつり上がっている。つまり笑っているのだ。目つきが変わる。さっきまで完全に隠されていた樹神の殺気が場を支配した。


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