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12話 それぞれの気持ち


 夕希が泣き止むのを待って神華は口を開いた。

「もう帰ります。沖田さん、傘、返して下さい」

 神華は立ち上がりながら総司に言った。誰もが口を利けなかった。総司は慌てて立ち上がった。紫色の番傘ばんがさを探す振りをする。本当は番傘は押入れの奥にしまってあるというのに。

「ごめんね、傘、失くしちゃったみたい。次にくるときまでに見つけておくね」

 総司は神華の顔を見ないで言った。嘘は顔に出やすいから。

 一瞬の沈黙。神華は目を閉じた。次に目を開いた時は優しい顔になっていた。暖かな穏やかな笑み。

「分かりました。また、会いましょう」

 総司はその言葉に振り返る。信じられないという目で神華を見つめる。断られるかもしれないと思っていた。

「何も起こっていない時に。その時は傘、返して下さいね」

 神華はそれだけ言うと部屋を出て行った。総司の目の前を通り過ぎて。甘い金平糖の香りが部屋に残っていた。不思議な感覚と難しい話だけが頭をぐるぐるしていた。

「総司、いつの間に女を誘う口実を作るのが上手くなってたんだ? 」

 左之助がからかう。夕希が再び、顔を伏せる。

 総司は困った顔をした。

「嫌だなぁ、左之さん。そんなんじゃありませんよ」

 総司の言葉に夕希がほっとした息を吐いたことは誰も知らない。


 外はもう、夕焼けになりかかっていた。神華の髪と同じような赤色が空を染めている。総司は目を細めながら空を見上げた。東側には月が上がっていた。

 総司の部屋の押し入れには今も大切に紫の番傘が横たわっている。

 左之助はそんなことはお見通しらしいがあえて何も総司に言わなかった。左之助らしい気の遣い方だった。

 平助は話が難しすぎて固まっている。平助には神華の話が難し過ぎた。妖が攻めてくるとか、一族とか。でも、平助にも分かったことがある。神華はきっと今も一人で戦い続けているということ。そして平助には何も出来ないこと。

「何で、力がねぇんだよ!? 」

 平助は手が白くなるほど握りしめた。己の無力を平助は悔いた。


 神華は再び戦いの中に身を置いていた。神華の動きは目で追いつけないくらい早い。

 ずっと一人で神華は戦っている。知らない土地で知らない人を守るために。誰を頼ることもできずに。赤い髪や紅の瞳をみると怖がり逃げてしまう。だから一人ぼっちだった。やっと話せる人ができたのにその人達には仲間がいて場違いな気がした。神華はまた一人。孤独には慣れたと思っていた神華は何故か切なさを感じていた。

 ひたすら槍を動かす。一人でも戦えるから。世界を守るために。


 月はそんな神華を嘲笑あざわらうように空に浮かんでいた。

 初夏の風が返り血を浴びた神華の背中をなでて行く。



 総司は眠れなかった。神華のことが頭から離れなかったのだ。元々、他人のことは気にならないのが総司だった。他人と関わるのは嫌い。女はもっと苦手。総司には勇と勇の作る新選組さえあれば良かったのだ。今までは。

 でも、今は違う。神華のことが気になるのだ。

「何でだろうね? 」

 総司は自分の手を見つめる。人の命をとることしかできない自分と誰とも知らない人のために命をかけて守っている神華。総司の手は血で汚れてしまったけどきっと神華の手は綺麗なのだろう。

 総司の目から暖かな滴が落ちた。

 いつの間にか笑顔が決まりだった。歳三に言われる前から。自分が人を信じられなかったから。総司は他人の前で本当の自分を露わさなくなった。だから、戦って忘れようとした。いつの間にか‘新選組の刀’になっていた。人々は総司を恐れ、離れていった。

 そして、総司は本当に一人になってしまった。

「可笑しいなぁ。何でだろう、ね」

 総司は忘れていた心細さを思い出してしまった。嫌、忘れたことにしておいた感情がせきを切って流れ出した。

「そこに居るのは誰だ? 」

 遠くから歳三がやって来た。総司は慌てて涙をぬぐった。

 でも、月が明るすぎた。

「総司!? ……泣いてんのか? 」

 歳三は驚いたように口にする。月の明かりが総司の顔を照らしている。

 幾分か落ち着いてきた総司は視線を上に向けた。月の明かりに惑わされているようだ。

「僕が泣いてたらダメなんですか、土方さん」

 いつもの憎まれ口を叩く。総司は縁側えんがわに座ったままだ。歳三は総司の隣に立つ。難しそうな顔を少し和らげた。

「今日は月が綺麗だからな。オレ達にはちょっと眩しすぎる。目がくらんだろうな」

 歳三はフッと笑いを零す。

 月が明るすぎる夜は嫌なことととか、辛いこととか考えてしまう。眠れなくなるんだ。明るすぎる光に惑わされて自分のみにくさを覗いてしまう。

「これも明日になったら忘れることだろうよ。言ってみろ。なんでも聞いてやる」

 歳三は珍しく総司に優しい。泣いているところを見てしまったからだろう。総司はいつもの笑顔に戻った。

「じゃあ、一つだけ。何で僕にいつも笑顔で居てくれって望んだんですか? 」

 最近、総司が最も気になっていたことを歳三に聞いた。歳三は紫の瞳を閉じた。静かに呼吸する。一人でポツリと呟く。

「そうだな、もう話してもいい、な」

 歳三は苦く笑った。何年も前を思い出すために目をもう一度閉じる。

「まだ新選組ができたばかりだったからな。誰か名を知られ、恐れられる奴が必要だった。そのために言ったんだ。すまねぇ。総司にばかり押し付けちまって」

 歳三が柄にもなく悲しそうな頼りない顔になった。総司は吹き出す。歳三は気分を悪くしたようで顔をしかめた。

「何笑ってんだ? 」

 歳三は総司に凄んで見せる。

「すいません。つい、ね。良いですよ。理由が知れましたし頑張ってるのはどうやら僕だけではなかったみたいですから」

 総司は笑いながら言う。立ち上がると歳三に一回お辞儀をしてその場を去った。

 そう。歳三も‘鬼の副長’を演じている人だった。総司と同じように。総司は少しだけ一人じゃなかったことを実感できた。


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