11話 表向きと裏向き
総司は人数分の座布団を押入れから出した。
「盗み聞きなんていい趣味してますね」
嫌味を言いながら作業する姿はとても子供っぽい。
左之助や平助は罰が悪そうにしているが新八と夕希はむしろ堂々としている。
総司は何か言う気力さえなくし何も言わなくなった。言いたいことは山ほどあるがそれを全部飲み込んだ。その方が神華の話を早く聞けると考えたのだ。
「沖田さん、こういうことなら最初から言って下さればいいのに」
夕希にいたってはこのセリフである。反省の色が皆無である。
総司の口から深いため息が漏れた。平助は総司のため息を聞き、慌てて弁解を試みた。
平助は今まで起こったことを頭の中に思い描いた。
台所で夕希に抱き付かれた平助は女の子の慰め方を知らない。女とは縁のない世界で刀を振って生きてきたのだからしょうがないと言えばしょうがないのだろう。
そこをたまたま左之助と新八が通りかかった。左之助は遊郭によく行ってるため女の扱いは素晴らしいほど心得ている。新選組の中で女の扱いに困ったらまず左之助に一番最初に相談しろと囁かれているほどだ。
平助は左之助に泣きついた。
左之助は夕希を落ち着かせ話を聞き出した。話を聞いて怒ったのはモテない新八だ。総司が夕希を拒絶したことが許せなかったらしい。
「殴りに行こうぜ」
ということになり総司の部屋まで全員で行った。殴りに行くつもりだったのは新八だけで他は総司と夕希が仲直りする機会を作ろうとしていただけだった。総司の部屋の前につくと中から話し声が聞こえてしまい、ついつい盗み聞きしてしまったのだ。
でも、その流れをそのまま総司に話す訳にいかない。平助は必死にわざとじゃなかったと言い張る。
総司は平助の言い分を聞きながらニコニコしているばかりで逆に怖い。
「話してもいい? 」
神華が苦笑しながら言った。話の流れが変わりそうで平助は安堵の息を吐く。
「まず、ちゃんと理解しておいてほしい。信じるのか信じないのかは君達次第。私はあくまでも本当のことを話すよ」
神華は前置きをする。誰もがその言葉に頷いた。神華は全員が頷くのを確認した。紅の瞳で見回してから口を開いた。
「まず、君達が言う化け物は‘妖’。つまり‘妖怪’。それらは何故かこの京から現れている。私の一族は妖が普通の人に見えるというこの状況に異変を感じた。言い伝えにある暗黒時代が到来したと考えた。でも、村からは出るのは非常に難しい。だから、一人だけを京に送り出すことにした。一番動きが早くて除霊する力が長けている者を。それが私だったって訳」
神華はここで一息つく。金平糖をかじる。
総司達は今の話を頭の中で整理する。話が想像していたものと大きく違ったからだ。ところどころ話についていけていないところがある。
神華は分かりやすいように噛み砕いて話ているつもりだった。しかし、難しものは難しいらしい。
「えーっと、とりあえず先に進むね。私の村について。私の村はここから遠くはなれた海の向こうの島なの。そこに隠れ住んでいる。それは一族が異能な力を持っているから。はっきり言うと妖を退治する力があったから、かな。だから、普通の人間を影で支えてきた。暗黒時代が来てしまわないように。でも、暗黒時代は来てしまった」
神華は重々しく呟く。事が事なだけに慎重に言葉を選んでいる。
総司はどこか遠い異世界の話を聞いているような気がした。それほどに神華の話が突飛すぎた。信じられない話だ。普段の生活からすればむしろ、神華が異常だと思ったかもしれない。
だが、総司は見てしまっていた。妖を。妖と戦っている神華を。
「まあ、これが私を京に送り込むための表向きの理由だと思う」
神華が言葉を続けた。
皆が息を飲む。今話されたものだけでも、かなり難しかったのに、ここに裏の事情が出てくるとさらに話がややこしくなる。
「理由は知らないけど一族は私を京に送り込みたかったんだと思う。‘私を京に送る’ことが目的みたいな動きだった。暗黒時代なんかよりももっと悪い何かがあるんだよ…」
神華は確信している目で言った。本気の目で告げられたものは重々しくこの部屋に響いた。
総司は鳥肌が立った。神華から流れる底知れない強さが伝わったからだった。総司の他にも左之助と平助は青い顔をしている。
「そんな話、信じられない……ですよ……」
夕希が俯いて言う。夕希の表情は髪の毛で隠されて見えない。でも、声は震えている。怒りが感じられるしゃべり方。
「もしも、もしも、それが本当ならどうして新選組を巻き込むんですかっ!? 新選組には関係ないでしょうっ!? 巻き込まないで下さいっ!! 皆が怪我したらどうするんですか? 」
夕希が顔を上げた。その眼から涙を流しながら神華に訴えるようにしゃべる。
夕希の居場所はここだけだ。他にはどこにもない。だからこそ、新選組を守ろうとしていた。
「巻き込みませんよ。大丈夫です。これは私と一族の問題ですから」
神華はニコリと笑った。美しいほどの笑顔。一瞬だけ辛そうな顔になりかけたがそれを全部隠すように笑った。だから誰も気づかなかった。その辛そうな寂しそうな表情に。