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9話 揺れ動く時間の狭間で

 一は乱暴に総司の部屋の障子を開け放った。総司の部屋はいつもの通りきれいに片付いていた。整理の良さに普通の人ならば意外過ぎて止まるだろう。

 ただ、一の目はそこに目をつけていない。重要なのは部屋の綺麗、汚いではない。それよりももっと重要なことがある。総司の部屋でのんびり座っている赤い髪の少女に注がれている。神華が総司の部屋にいることが気に食わないらしい。

 一は右の腰につけている刀に手をかけた。ひんやりとした重苦しい雰囲気になる。

何故なにゆえ、貴様がそこにいる? 」

 低い声で一が言った。殺気も放たれている。しかもかなり本気だ。

 神華はすべて分かっていながら笑っていた。余裕の笑み、だろうか。

「駄目なのかな? お客として私がここにいたら」

 優しく言う。あくまで刺激しないように。だって、神華だってここで追い出されたり斬り合いになったりしたらつまらない。それに、わざわざ自分から体力を減らすことは無い。そう考えた神華は本当のことを伝えた。

 それに対して一は刀を抜いた。剣先が光を放つ。よく手入れされている刀で切れ味は良い。深い青色の目は神華を捕えたまま放さない。

「見え透いた嘘をはくな」

 一は相当怒っている。侵入者が目の前で堂々としていることに。新選組を馬鹿にした者が再び新選組を訪れていることに。様々な怒りが一の目に現れている。

「嘘じゃない」

 神華は静かに言い返した。神華は怒りを押し殺している。内心はかなりの怒りがあった。いきなり、嘘つき扱いを受けたなら誰だって怒るだろう。だけど、神華は怒りをすべて覆い隠し笑顔で対応した。

 一は無言で神華を壁に押し付けた。鈍い音が響く。神華は少し痛そうに眉をひそめた。

 神華はいつでも避けることが出来た。でも、敵意がないことを示すため避けなかった。

「戦いに来たわけじゃない」

 神華が言葉を紡ぐ。痛そうに顔をしかめている。着物に血がしみだしている。傷口が開いたのだ。神華は痛さに耐えながら笑顔を作ろうとする。口端が痛そうに歪んでいる。

 その仕草が一の中で総司と重なった。いつも笑顔でありつづける総司に。一はかぶりを振った。その時、着物に染み出している血に気が付く。

「そなた、傷が! 」

 一の一言に神華は目を丸くした。それから柔らかな笑みをこぼした。雰囲気がフワリと暖かく軽い物に変わる。

「大丈夫。慣れっこだから。こんなの……、優しいね、君」

 先ほどまでの凍てついた空気が綺麗に消えてしまう。一は何だか馬鹿馬鹿しく感じて刀をさやにしまった。それほどまでに神華がこぼした笑いは空気を暖かい物へと換えた。

「私は神華。霧雨 神華。あなたは? 」

 神華が紅い瞳で一の顔を覗き込む。神華は総司と平助、左之助、新八の名前を知っている。それと同じように目の前に立っている男の名前を知りたいだけなのだ。

 こうしていればただの少女と何の変わりも無い。むしろその辺の年頃の女の子よりも整った顔立ちだろう。一はそんなことを思った。どこにでもいるような笑顔の絶えない少女。何の気兼きがねも無く走り回っている年だろう。

「俺は……斎藤、一だ……」

 気が付いたら一は自分の名前を言っていた。言うつもりなどこれっぽちも存在していなかった。

 神華はまた優しく笑う。

「分かった、斎藤さん。私は後ろでこっちの様子を伺っている沖田さんに呼ばれたんです」

 神華は一の後ろを指さした。一は自分の後ろを振り返った。さっと隠れる影が一にも見えた。間違いなく総司だと判断した一は黙ってきびすを返した。それ以外選択肢は残されていなかった。


 総司は料理やお茶を淹れるのはとても苦手としていた。と言うより、総司は刀を振る以外何も出来ないのだ。かなり不器用で刀を振ることにも時間がかかった。覚えることも不得意だったから。その分、一度覚えたり、身に着けた技や感覚は忘れないが。

 総司の予想では台所に誰かいるはずだったのだが、運悪く、誰もいなかった。

「何でかな? 」

 などと不満を言いながら総司はお茶の葉が入っている茶壺ちゃつぼを探した。慣れない手つきでやっているため、かなり危なっかしい。

 物音を聞きつけて夕希がやって来た。

「お、沖田さん!? 何してるんですか? 危ないですよ」

 夕希は落ちかかっていた総司を支える。

「あ、夕希ちゃん。悪いんだけどさ、お茶を淹れてもらえない? 」

 総司はひらりと台から飛び降りる。夕希は急に支える物がなくなり少しだけバランスを崩した。が、伊達に監察方として働いている訳じゃない。何とか持ちこたえる。

 夕希はお茶を作り始めた。手際よく。

「何でですか? 」

 夕希がさりげなく聞いてみる。目は手元を見たまま。

 しばらくの沈黙。

「君には関係ないでしょ、夕希ちゃん」

 総司は夕希を着き放した。夕希は少し驚いて動きを止めた。すぐに再開させながら再び口を開いた。

「沖田さんはいつもそうですね。少しくらい話してくれてもいいんじゃないですか? 」

 夕希が悲しそうな声音で言った。総司はそれに対してもやはり、何も答えなかった。

 答えられなかった訳では無い。答えなかったのだ。


 外では変わらず初夏の風が吹いていた。


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