終章
青と紫、それにオレンジ色が混ざりあった夕焼けを見て二人は溜め息をついた。夕日に照らされた街灯がまるで光を受け継いだかのように明かりを灯しはじめる。馬車が石畳を走る音、人々の話し声。あの暗い世界からは想像もできないほど世界は息を吹き返していた。
もうあれから三年が経っていた。ニーナとテオが目を覚ますと空が晴れ渡り、空気は澄んで息苦しさを感じさせない世界へと変化していた。ニーナの持病ももう顔を出すことはない。すべてがバランスを取り戻していた。
急いで教団に戻ってみるとそこには驚きの表情が並んでいた。シャドウアタッカーの力がなくなり、魔法の研究がどれも立ち消えになったからだ。話を聞けば空が戻ってきたと同時に魔力がすべて消えてしまったらしい。どういうことか質問攻めにされたがニーナは「愛の力です」としか答えなかった。
そのあと初めて足を踏み入れた団長室には何故か黒猫の置物だけが残っていた。テオは少し寂しそうな顔をしたがここには用はないと首を振った。結局この一連の出来事の黒幕は誰だったのかは分からずじまいになってしまった。
教団は廃業。現在は孤児院として建物をそのまま利用している。ニーナもテオも毎日子供達の世話で大忙しだ。他の元シャドウアタッカー達も仕事を手伝ってくれている。特にエイブラハムの料理はとても人気だ。大きな手で大きな鍋を持ってきてくれるとクムエナが味見をしている。イグナーツはエプロンが恐ろしく似合っており、リリーは子供達が寝る前に本を読んであげていた。
現役時代に失っていたものを取り戻すかのように毎日を生きている。とても幸せな時間だ。
その世界とはほど遠い世界でバンダナの少年が目を覚ました。隣を見ればパートナーが困ったような嬉しそうな顔をしている。
「追いかけてきちゃった」
声帯を震わせてにっこり微笑む。最初で最後に聞いた声だった。
「いこうか。ルシス様が呼んでる」
少年が手を差し延べるとそこにパートナーが手を重ねた。二人は一緒に光の中に消えていった。
「こんな生活が続いてるだなんて、前からは考えられないね」
三年前より伸びた髪の毛を風になびかせながらニーナは言う。緑色の瞳は見ていると吸い込まれそうになる。テオは青い空色をくるくると動かした。
「あの頃はとにかく忙しかったなあ。今も十分忙しいけど」
伸びをしてあくびをするとニーナがくすくすと笑った。そしてパートナーの顔をじっと見る。わくわくしたような緊張したような変な顔だ。
「何か言いたいことがありそうだね」
「よく気づいたね」
テオはポケットに手を突っ込んで小さな紙箱を取り出した。さらに開けるとジュエリーボックスが出てきた。ニーナは小さく声をあげた。
「ちゃんとしたもの、やっと用意できたんだ。サイズは多分合ってると思う」
照れくさそうにしているテオは夕日に負けないくらいに赤くなっている。すぐさまそれを箱から出すとニーナの手を取り指にはめた。ちょっとだけ大きいような気がしたが言わないことにした。
「これからもずっと一緒だ」
「約束だよ」
銀色に夕日が反射してきらりと光った。
こうしてこの話は幕を閉じる。ニーナは後に救世主ルシスと呼ばれるようになったが、それは私とは違う正しい選択を手にした彼女にこそ相応しい称号だろう。すべてを見届けることが出来て良かった。またこの物語を聞かせてほしい者がいれば私はいつでも歓迎する。
それまでしばしの別れだ。また会おう。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
また違う作品でお会い出来ることを楽しみにしています。




