第45章 白い光と黒い影
テオは物心ついたころからすでに教団にいたが、常に周りには誰もいなかった。もちろん世話をしてくれる団員はいた。しかしどこかよそよそしく会話すら数えるほどしかしていない。いつの間にか喋ろうとすることもやめてしまった。
10歳のとき、新しい団員、しかも自分のパートナーが来るとのことでテオは朝から緊張していた。どんな子が来るのか知らされていなかったため、何度も部屋に飾ってある女神の像にお祈りを捧げたり初対面の挨拶の練習をしたりした。
団員の大人達には指示があるまで部屋から出るなと言われていたが、その約束は玄関の扉の開く音で都合よく忘れ去られた。
ニーナは教団にやってきたころから天才の頭角を現していた。戦闘能力はメキメキと伸び、それでいて驕ることなく誰にでも愛されていた。
対するテオはそのサポートばかり立たされた。もちろん二人の戦闘スタイルからしてそれが最善であったが、テオは出来れば肩を並べて戦ってみたかった。
「テオ、またニーナに怪我させたのか」
「テオは後ろで隠れてるだけ」
「コンビを組んでいる必要があるのかしら」
直接言われたこともあれば陰口で言われたこともある。無意識のうちに心の中にちりが積もっていった。
「テオがいるから安心して戦えるんだよ」
ニーナは自分がいてくれて頼りになると言ってくれた。
「嬉しい……これからもよろしくね」
告白した時には驚いていたが、迷うことなく頷いてくれた。
「今日のご飯はテオの大好きな卵グラタンだって!」
毎日隣にいて楽しく暮らしていた。
でもその傍ら疑心暗鬼になっていたのかもしれない。ニーナがテオを置いてどこかに行ってしまうことを恐れていた。
ニーナの強い光に隠れるようにして生きるのはもう嫌だ。
でも寂しさはもう感じたくない。
「頭が痛い」
考えれば考えるほど糸が絡まるような感覚に陥り考えることをやめたくなる。心を粉々に砕けば解決するのだろうか。ぼんやりと思い浮かんだ案に身を委ねてどこまでも落ちていった。
形を保てなくなった手だったものがすり抜け、ようやく解放されたニーナは一定の距離を取るために後ろに跳んだ。
「イグナーツ、リリーをお願い」
静かな声にイグナーツは無言で頷く。そしてリリーを抱き上げ森の中へ向かって走り出した。
「ニーナを置いていきたくない!下ろして!」
暴れるリリーをしっかりと掴んでただ走る。シャドウアタッカーでもない自分たちは足手まといになる。それを知ってのことだった。
「必ず二人とも生きて帰ってきてくれ」
イグナーツは後ろを振り返ることなく呟いた。
ニーナはテオがその姿を変えるのを見守っていた。右腕は指先に力を入れることができず、左手も持ち上げるのがやっとだ。
その反面、不思議と心は静かで波を立てていなかった。命を失うことになっても愛する人を守ろうとする決意がニーナを落ち着かせた。
「イッショニ……イタ、イ……」
狼だ。群れを形成して暮らす生き物をかたどったパートナーは黒い液体をダラダラと流しながら少しずつニーナに近づいてくる。
「テオ!私も一緒にいたい!ずっと一緒に生きようって言ってくれたじゃない!」
迎え入れるように両手を広げた。強い愛の心に身体が白く光る。足元からは風が吹きだし髪を大きく揺らした。
「こんな世界だけど!」
必ず伝わると信じて叫び続ける。
「テオがいない世界よりずっと良い!」
足を踏み出して近付けばテオとの距離がどんどん縮まった。光に怯えるように向こうの動きが鈍くなる。
ついにニーナの足がテオにぶつかった。ねっとりとした液体がまとわりつくのも意に介さずに飲み込まれていく。そしてその中へ姿を消した。




