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第44章 パラドクスワールド

 リリーは深く息を吐き出して目を開いた。そこにある瞳はイグナーツと同じ瑠璃色である。

「奇跡みたい」

 一瞬のうちにして施された魔法でリリーはシャドウアタッカーではなくなった。心が軽くなったような気がして嬉しくなる。イグナーツもひと安心したようで、安堵の声を漏らした。


 これで二人は一般人になった。ニーナはこれが本来あるべき姿だと思った。この仲のいい兄妹が戦場に出て死んでしまうだなんてそんな悲しいことはごめんだった。

「ずいぶんと怪我をして……俺が傷つけちゃったんだよな。リリー、すまなかった」

 イグナーツは長い引っ掻き傷に触らないようにリリーの腕を撫でた。そして自分がしてしまったことの重大さを知る。痛々しいが傷が治れば生活に支障はなさそうなのが不幸中の幸いだった。


「ニーナとテオはまだ戦いをやめられないの?」

 しばらく体力を回復するために草原に座っているとリリーが唐突に聞いてきた。ニーナは肩をすくめる。

「みんなを元に戻したら帰れるかなあ」

 それがいつ来るのかは分からない。もしかしたらすぐに終わるかもしれないし、ずっと戦い続けないといけないかもしれない。今は何とも言えなかった。


「それにしてもテオの顔色悪くない?どうかした?」

 さっきから口数も少なく、会話にも入ってこないテオを心配してニーナが覗きこむ。相変わらず眉間を押さえたり頭を振ったりしていた。

「大丈夫」

 短い返答にさらに不安になる。手を掴むと氷のように冷たかった。

「テオ無理しちゃ駄目だよ!」

「もしかして俺と同じ症状が出てないか」

 イグナーツがニーナの隣までやってきてテオを横たわらせる。瞳孔が開いて、荒い呼吸を繰り返していた。

「めまいや吐き気、頭痛に手の震えが出てくれば危険だ。ニーナ早くテオも人間に戻してやれ!」

「了解!」

 ニーナが祈ると左手がまた光る。テオはその手を掴んだ。

「テオ!?」

「大丈夫、俺もたたか……ウ。ヤメロ……」

 骨が折れそうなほど力を込められてニーナが悲鳴を上げる。イグナーツもリリーも手を解こうとしたがびくともしない。

「やめて!テオ!ニーナが痛がってる!」

 リリーがテオの頬を叩くと指に噛み付かれそうになる。咄嗟に手を引っ込めた。身体の大きなイグナーツが押さえつけても暴れ周り、爪が腕に食い込む。

 ニーナはテオの名前をずっと呼んでいた。

「俺……ハ、ズットイッショニ……」

 うわ言のように言葉を繰り返すばかりでニーナの言葉は心に届いていないようだった。



 テオは暗い世界で目を覚ました。上も下も右も左もない。水の中のような空間だった。

「な、なんだ?」

 声が反響して遅れて自分の耳に届いた。最後に覚えてるのはニーナが蟹型アンブラに攻撃されそうになったのを助けたところまでだ。結局自分がどうなってしまったのかが全く予想もつかない。

 手を動かそうとすればジャラと鎖が巻き付いており、満足に動くことができない。息も苦しくなって頭がうまく働かなくなってくる。

「ニーナ……会いたいよ」

 本当に?心の中に泡のように疑問が浮かんだ。

「大好きな人だもの。会って抱きしめたいと思うのは当然だ」

 息苦しさに窒息してしまいそうだ。意識が飛ぶ直前に聞いたのは紛れもない自分の声だった。


「殺したい」


 ここは心の世界。矛盾した世界。

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