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第43章 兄妹

 目を凝らせば豹のアンブラの背中に人がしがみついていた。あの赤髪は何度も見たことがある。

「リリー!」

 ニーナが呼び掛けるとリリーはこちらに気付いたのか顔をあげた。

「お願い!イグナーツを助けて!」

「イグナーツだとしてもアンブラは危険だからリリーも逃げて!」

 リリーと一緒にいる時点で何となく察してはいた。イグナーツのアンブラはすぐに攻撃してくる様子はないが、背中に乗っていればリリーにも危害が及ぶだろう。

「わ、分かった!」

 手を離してニーナの隣に着地すると不安なのか抱きついてきた。身体のあたこちが悲鳴を上げたがニーナもリリーの背中に左手を回した。

「イグナーツはきっと助けるよ。リリーも手伝ってくれるよね?」

 そこで初めて二人はお互いが立っているのもようやくな状態だということに気付いた。リリーの身体にはあちこちに爪で引っ掻かれたような傷が残っている。それに加えて両腕は血だらけだ。それでも彼女はニーナを見て無理矢理笑った。

「ありがとう」


 アンブラはこちらを観察するように周りをグルグルと回っていたが、ついにその姿勢が獲物を狩るそれに変わる。もしかしたらリリーを見て理性を取り戻すかもしれないと思ったが、一筋縄ではいかないようだ。

「どうするの?」

「テオと一緒に動きを止めてほしいんだ」

 リリーがテオを目で探すと、本人は水溜りの上でよろよろと立ち上がったところだった。

「ここで俺達が頑張ればニーナが楽になる。できるか?」

 テオは頭を押さえていたが外傷は少ない。ニーナはアンブラから目を離さずに前に足を踏み出した。一歩ずつ進みながら左手を輝かせる。

 リリーも了解したのかアンブラが突進してくるときには強固な盾を壁のように設置してくれた。頭から激突してひるんだところをテオが攻撃する。

「どうにかできるの?」

「まあ見てろって」

 次々に捕縛系の魔法をかけるとがんじ絡めになったアンブラが苦しそうに声をあげた。リリーは泣きそうになるのを必死に堪えた。あとはニーナに任せるしかない。


 リボンや鎖に縛られたイグナーツの目の前に立つとニーナは左手をその鼻先に乗せた。アンブラは噛み付こうと暴れたがそれも叶わず、その目はニーナを映すだけだった。

「イグナーツ、苦しかったよね。今元に戻してあげるから」

 神々しいまでに輝く手にリリーも手を重ねた。ふらつく身体はテオが支えた。

「戻ってきて!お兄ちゃん!」

 辺り一面が真っ白に染まった。


 目が眩んだがそれもすぐに収まり、リリーは目を開けた。テオもニーナもそして自分も空を仰ぐように仰向けで倒れている。

 そして自分がよく知る姿の兄も胸を上下させて寝転がっていた。瞳は瑠璃色をしていた。

「はは……俺、前からお兄ちゃんって呼んでほしかったんだよな……」

 開口一番そう言うものだからリリーは笑ってしまった。そしてイグナーツの二の腕を抱いて顔を擦り付ける。

「馬鹿だなあ。そう言ってくれればいつでも呼んだのに……」

 そのうち安心から涙がボロボロと溢れてきた。

「うわああああん!」

 ニーナは片目だけ開けてその様子を微笑ましく見守っていた。

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