第42章 決着と新たな敵
テオとニーナは再びあの蟹型アンブラの目の前にいた。前回かなり探し回った覚えがあるが今回はまるで向こうも探していたかのようにすぐに鉢合わせすることになったのだ。
「すぐに助けてあげるからね」
武器を取り出して構える。冷や汗が首元に伝って気持ちが悪い。手も足も出せなかった相手だ。どんな攻撃をしてくるのか、どう攻めればいいのか分かっていない。隣でテオもブーメランを構えた。
「ニーナ、まずは俺が遠距離攻撃で様子を見る」
1、2の3でステップを踏み大きく跳躍して投げるとそのまま追加で魔法ナイフも立て続けに飛ばした。硬い物同士のぶつかる高い音が響いていたがどれも弾かれ、傷すらついていなかった。
テオは戻ってきたブーメランをキャッチし、アンブラを睨みつける。
「防御力高すぎだろ?」
肝心の相手はテオが攻撃してきたことにも気付いていないようでほとんど動いてこない。時々ギシギシと関節を動かす音がするだけだ。
「やっぱり近距離で関節を狙うしかないよ。脚を落とせないかやってみる」
ニーナが光の速さでアンブラに近付き大剣を振る。相手もさすがに接近に気付き反撃の姿勢を取った。反応速度の早さに一瞬判断が鈍る。そして狙いが甘かったのか関節まで斬り込むことが出来ず、渾身の一撃も硬い殻に弾かれた。その後長い長い膠着時間が訪れる。
「しまった……」
真上から振り下ろされる圧倒的質量にニーナは為すすべもなく自分の行く末を考えることしかできなかった。
「ニーナ!!」
テオの振りかざした手から長い鎖が伸びてくる。もちろん闇魔法によるものだ。それがニーナの腕に巻き付くと思いっきり後方に引っ張られる。黒い水溜まりの中に叩きつけられることにはなったが死ぬよりかはマシだった。
ニーナはアンブラの黒い液体を被ってドロドロになった顔を手で拭った。落ちた雫は地面に到達する前に霧となって消える。高濃度の闇の魔力に持病の発作が起きそうになるが、すぐさま光魔法で中和した。
激しく肩で息をするニーナにテオはハラハラと心配することしかできなかった。そして彼女に頼るしかできない自分が悔しかった。何かできることはないかと自分のできる攻撃魔法を次々と叩き込む。しかし、ただの攻撃ではびくともしない相手に劣等感ばかりが増すだけだった。
魔法の使いすぎでいつの間にか満身創痍になっていた。赤い瞳が輝いている。
「どうすれば……」
「奥の手があるじゃないか」
頭の中にふいに思いついたひとつの可能性。しかしすぐにその考えを打ち消す。それだけは駄目だ。
少しでもそれを思いついてしまった自分が嫌になる。
「ぐっ……」
テオは蝕まれるような感覚に耐えきれなくなり頭を押さえた。
テオの攻撃が効かないとあれば、自分がやるしかないとニーナは柄を持ち直す。アルマを人間に戻したあの魔法はどうやっても3秒は必要だ。前回と同様にテオが相手の動きを止めてくれるだろう。そう信じてまた前に突進した。
「これで決める!」
手のひらに光の魔力を貯めて、脳内に深い慈愛の温かいイメージを作り上げる。
左手がアンブラに届いた。必死に語りかけるような気持ちで優しく撫でる。強い魔法は強い意志の力によって成される。これは誰が教えてくれたことだったか。
「!?」
右腕に激痛を感じて意識を逸らされた。気付けば右腕に力が入らない。一瞬のことだったがアンブラがニーナに対抗するようにハサミで攻撃してきたようだった。
(テオ、助けて……!!)
大剣が地面に落ち大量の血が流れるが、左手に意識を集中した。もう一度攻撃を食らった気がしたが考えないことにする。
もう一度ハサミが持ち上がったとき、ニーナは明瞭な死のイメージを描いた。せめてこのアンブラだけは助けようと決死の覚悟で左手を押し付ける。魔法が効くのとアンブラが大きく傾くのはほぼ同時だった。
「何が起きたの?」
今度こそ死ぬかと思っていたがそうではなかったらしい。ニーナはアンブラをひるませた技の出処を探す。
「嘘だよね?」
広い草原にはニーナとテオ、そして人間に戻りつつある蟹型アンブラと、もう1人。いや一匹か。
もう見慣れてしまった黒い身体に赤い目のモンスター。アンブラ。豹の形をしたそれは二人を狙うようにゆったりとした動きで近付いてきた。




