第40章 愛の力
「驚いたよ。まさかこんなことになるなんてな」
小屋の中から聞こえる女性の声は明るかった。少しボーイッシュなイメージが伝わってくる。
「もう、本当に駄目かと思ったよ」
小屋の中にはテオとニーナ、そして人間の姿のアルマがいた。アルマはスカートなのにも関わらずあぐらをかいて椅子に座っている。頭を掻いてバツの悪そうな顔をした。
「心配かけちまってごめんな!ほら、そんな顔すんなって!」
ニーナの頬を引っ張って無理やり笑顔を作ろうとするのを見てテオが吹き出した。アルマも腹を抱えて笑い出す。
「テオもアルマもひどいよ」
赤くなってしまった頬を膨らませて怒る姿が可愛らしいなあと以心伝心しつつ、テオはアルマに今回のことについて詳しく聞くことにした。
まずはニーナがビアンカに聞いた情報を掻い摘んで話した。アンブラのことや教団と政府のことについてである。
「面倒臭いことになってんのなあ」
アルマは深い溜息をつくと自分を指差した。
「じゃあ次はわたしの番だ。記憶が混乱しているところはあるけど、多分ほとんどのことは思い出せると思う」
事のはじめはフーゴとの遠征中に起きた事故だったという。滝の麓で休憩を取っていた二人は突然頭痛に襲われたのだ。
「頭の中で爆音が響いて気が狂っておかしくなるかと思ったよ。結局おかしくなったんだけどさ」
胸の中に黒い液体が充満するような感覚の中、霞んだ視界の端でフーゴが黒い炎に包まれるのを見たらしい。ここで一度記憶が途切れていた。
気付けば二人とも教団に連れ戻されていたらしい。重厚な檻の中で目を覚ました二人はその光景に目を覆いたくなった。
着ていた鎧や制服は剥がされ、簡素な麻の服しか身につけていないシャドウアタッカー達が自分たちと同じように閉じ込められていたのである。その中には死んだと伝えられていた人もいたのだという。赤い目を爛々と光らせて息をしているだけの仲間達を見て、それだけで発狂しそうだった。
「その再会は全く嬉しくなかった。次々とその仲間たちが入れ替わるからね」
教団の経営する賭博格闘場。その挑戦者の相手として仲間達が連れていかれた。
「世話をしていた人間はみんな教団の制服を着ていたんだ。胸くそ悪いだろ」
「そ、そこからどうやって出たんだ?」
固唾をのんで話に聞き入っていたテオが口を挟んだ。アルマは少しの沈黙の後、重々しく口を開いた。
「フーゴが連れていかれる時に脱出した」
隙を突いて逃げ出しても行くあてがない。しばらくは街の郊外で隠れるように生きていた。遠征中には気付かなかったが、逃げ出したシャドウアタッカーはアルマ一人だけではなかったようだ。
「ニーナのいうアンブラって奴とも遭遇したよ。一人じゃ歯も立たなかったけど」
放浪している間に身体の異変に気付いた。血が沸騰するかのように沸き立ち、時々意識を失うのだ。
「……」
「今思えばあの時私もアンブラ化してたのかもな。だんだん気を失う頻度が高くなって目覚めればあちこち血だらけ。しかも自分の血じゃなかった」
その後は先ほどの場面に繋がる。テオとニーナを見つけるころには現実と夢の中の境も曖昧になっていた。
「結局ニーナの魔法で助かったんだけどさ!あれ面白いんだぜ?ニーナの考えてることがダイレクトに頭に伝わってくるんだ」
アルマの声のトーンが明るくなる。ニーナが一気に赤くなった。
「それがさあ、この子の頭の中本当にテオへのらぶらぶ一色でさ!惚気話たっくさん聞いちゃったんだよねえ」
ニヤニヤするアルマの口を塞ごうと飛びつくが、綺麗にかわされてしまう。何それ聞きたいとテオが食いつくとニーナが声をかき消したいと叫ぶ。
「二人の愛の力は世界を救っちゃうのかもなあ」
アルマは自分の瞳を指差した。赤ではなく優しい灰色の瞳だ。
「私はもう戦えないけどきっと二人が何とかしてくれるって信じてる」
「ああ、任せておけ!」
テオが自分の胸を叩いて応えるとニーナも頷いた。




