第39章 シャドウアタッカーとアンブラ
「アルマ!」
ニーナとテオがほぼ同時にその少女の名前を呼ぶ。アルマと呼ばれたその少女は眉を少し動かす程度で表情を変えないまま数メートル下まで跳び降りてきた。
「遠征中だったんだろ。こんな近くにいるとは思わなかったよ」
最後に会ったのは一年前だ。テオが久しぶりとばかりにアルマを迎え入れようとするが、彼女は一定の距離を保ったままこちらに近づいてこない。
「あれ、フーゴはどこにいるの?」
そういえば彼女のパートナーの姿が見えない。
「彼はあなた達が消したじゃない」
「消した……!?」
夢にも思わなかった言葉にテオとニーナの表情が強張った。話が唐突過ぎてついていくことができない。
二人はそんなに仲が悪かっただろうか。ニーナは考える。リリーとイグナーツのように血の繋がりがあるわけでも、クムエナとエイブラハムのように夫婦であるわけでもなかったが、フーゴは毎日のようにアルマを大事に大事にしていたはずだ。耳にたこができるほど自慢話を聞いていたのがつい昨日のようだ。
それにアルマ自身もこんな冷たい目をしていただろうか。記憶の中の彼女はよく笑い、時には冗談を言うような明るくて活発な女の子だった。幼いころには木に登って怒られたりもしていた。
今目の前にいる少女はアルマの姿はしていても別人に見えた。
「テオ、それにニーナ。教団から連絡があったわ。あなた達教団を裏切ろうと言うのね……?」
フリルのついた黒いスカートが揺れる。足元から影が膨れ上がった。
「アルマ!?」
「そのつもりならあなた達も消えなさい」
大きく開いた背中から黒い翼が生えた。羽根が周囲にばらまかれる。顏には仮面が張り付き表情が隠れた。体が変容していく様を見て二人はある単語を思い出していた。
「アンブラ!」
みるみるうちに巨大なカラスのような姿になったアルマはもう人ではなくなっていた。理性も吹っ飛んだのか呼びかけても反応しない。そのうち首をもたげて赤い目が二人を睨んだ。
「テオ……」
「分かってる!分かってるけど、今はアルマを何とかしないと!」
それぞれ武器を取り出すと構えの姿勢を取った。予想が当たっていれば最初に羽根による攻撃がくるはずだ。
二人は屋根の穴目がけて跳んだ。今まで立っていた場所に羽根が大量に突き刺さる。追撃も避けるため屋根伝いに走ると広場に着地した。すぐに背中合わせになり、周囲を警戒する。
「上だ!」
急降下してくるアンブラをニーナが大剣の刃で受け止めた。お互いの勢いで地面が揺れた。
「ニーナから離れろ!アルマ!」
そこにテオが飛び魔法を叩きつける。それは顔の付近で爆発し、苦しそうにうめき声をあげた。ニーナがその隙を突くように攻撃を受け流してさらに斬りつける。
「そうだ、魔法だ」
ニーナが思い出したかのように自分の手を見つめた。光と闇は正反対の属性。バランスが大きく傾いてしまった状態を元に戻せば……。
「お願い、アルマを止めて!」
「任せろ!」
ニーナの叫びにテオが応えた。魔法の鎖でアンブラを縛り付ける。力いっぱいにもがくせいで何本か切れて消えたが、数秒時間を稼いでくれれば十分だ。
「成功して……!」
ニーナは腕をアンブラに押し付けて祈った。




