第3章 温かい手
ニーナが目を覚ますとそこは簡素な個室だった。そこそこ柔らかいベッドと一組の机と椅子、あとは小さなクローゼット。そして自分を写す鏡が置いてある。狭くもなく、かと言って広くもない丁度よい広さだった。
きっと教団の一室だろう。ニーナはそう予想してベッドの上に座った。
気分が悪いのは意識を手放す前に飲まされたあの薬のせいかもしれない。手が震えて身体に力が入らない。それと首に巻かれたチョーカーも気になる。これではまるで囚人じゃないかと肩を落とした。
ふと鏡の方向を見るとニーナは自分の姿に違和感を覚えた。ふらつく足元で鏡に近づくとハッと息を飲んだ。
「なにこれ……」
瞳の色が違う。
前までは親譲りの緑の瞳だったのだが、今では薄い桃色に変化している。さらには光彩は光の粉をまぶしたかのように輝き、とても人のものとは思えない。
鳥肌が立ち、腕をさする。自分は一体どうしてしまったのだろうとニーナは自身を恐れた。こんなことは初めてであった。
「この場所は一体何をしているところなの」
噂では聞いたことがある。人々を救済するシャドウアタッカー、魔法研究などを行っているはずだった。数日前、ニーナはここの団員に才能があると見込まれた。自分も世界のために戦えると知って最初は跳ねて喜んだのだ。
だが途端に怖くなる。酷いことをされるかもしれないと思うと足に力が入らなくなり、その場に座り込んでしまった。
「あの子は本当に無事なの?大丈夫?」
扉の外から声がする。この声はあのルビーの瞳の男の子のものだった。あの少年も無事だったようだ。
少し乱暴で急いだノック音。
「開けてもいい?」
「ど、どうぞ」
ニーナが弱々しい声で反応すると、ガチャと遠慮がちにドアが開けられる。
そこにはあの少年が何事もなかったかのように立っていた。
「心配したよ。いきなり君が連れて行かれちゃうんだもの」
自分だって倒れたくせにとは言わずにただ頷くことしかできなかった。少年が元気そうで安心したためである。
「あれ、瞳の色が変わってる。君もシャドウアタッカーになるんだね」
のぞき込んでくるその瞳にも光の粉が見えていた。さっきまではなかったものだ。ニーナは口をパクパクとさせるだけで言葉をうまくまとめることができない。
「君も、あれ?目が光って……?」
「うん?なんのこと?」
本人は気付いていないようだ。話を折るとまた先が見えなくなりそうなのでこのことは黙っていることにした。
「気にしないで。それより今シャドウアタッカーって言ったよね」
やっと会話らしい会話が出来たので、その勢いに乗せてニーナも質問してみる。
「わたし何も知らないの。もし良かったら色々教えて欲しいなって」
すると少年が笑う。
「分かった。あの人達何にも教えてくれなかったんでしょ?混乱しない程度に説明してあげるね」
二人ともベッドに座ると、少年は手を差し伸べた。
「もう大丈夫。君のその首輪のお陰でさっきみたいなことにはならないよ。」
強ばったニーナの考えを読み取ったように言う。それならとニーナは少年の手を握った。
「わたしニーナっていうの」
「覚えておく。僕はテオだ」
手のひらから伝わってくるぬくもりに二人は微笑んだ。