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第36章 分岐点

 親子水入らずの会話をしていたがしばらくして黒猫が毛を逆立てたのでテオは首をかしげた。

「どうしたの?何かあった?」

「うむ、どうやら時間のようだ」

 立ち上がると、テオの膝から飛び降りた。数歩歩いて振り向く。

「短い時間だったが話が出来て良かった。お前も任務頑張れよ」

「早すぎるよ。もっとお父さんとたくさん話したいし遊びたい」

 テオは子供のようにぐずった。黒猫は威嚇するように牙を剥く。

「甘やかしたいのは山々だが、もう16になる男がそんなことではまだまだ半人前だな」

 今までの優しい言葉とは打って変わって厳しい叱咤の言葉となる。父親として息子を叱るようだった。

「……またすぐに会いに来てくれる?」

 黒猫は返事をせずにテオに背中を向けた。足元から黒い炎が黒猫を舐めるように出現する。

「ねえ」

 そのまま炎とともに消えるとまたテオは部屋に一人となった。寂しさに胸を押しつぶされそうだった。



「テオ?」

 いつの間にか世界から逃げるように意識を手放していたらしい。急に自分の名前を呼ばれて飛び上がる。

「はいっ!?……あ」

 声のした方向を振り向くと薄いピンク色の目が自分を覗いていた。

「おはよう。大丈夫?」

「ニーナ!」

 いつも通りのパートナーがすぐそこにいた。その柔らかい笑みが天使のようでテオは涙が出そうになった。咄嗟に手で顔を覆い何とかして堪える。抱えていた寂しさを隠すようだった。

「本物?本当にニーナなんだよな?」

「変なの。昨日も会ったじゃない」

 テオの反応が想像より大袈裟なのでニーナは吹き出すのを堪えられなかった。お腹を抱えて笑い出す。テオは盛大に笑われてだんだん恥ずかしくなってきた。寂しさもどこかに行ってしまったようだ。


 ここでニーナの発言に違和感を感じた。テオは素直に疑問を口にする。

「昨日なわけないよ。もう2週間も経ってる」

 テオは二人の間にある時間の差に困惑する。

「何があったんだ。教えてくれ」

 ニーナが何も言わずに2週間も姿を見せなかったことなど今までにはなかった。最後に会ったのが昨日なわけが無い。だとしたらこの胸の中の寂しさは存在していない。

 ニーナは思い出したかのように表情を変化させた。喜び、悲しみ、怒り……それらを混ぜたかのような不思議な顔だ。

「そうだった……」

 呟きに合わせるように部屋を照らしていたランプの火がフッと消えてしまった。薄暗い部屋で見えるのは近くにいるお互いの顔と今座っているベッドのシーツくらいだ。すぐにまた火をつけようとテオが立ち上がろうとするとニーナが手を掴んでそれを止めた。

「本当は言ってはいけないと思うんだけど……」

 ニーナの顔が思ったより近く、テオは顔を赤らめる。心臓の脈打つ音が聞こえるような気がした。


「言わないままお別れするのは嫌だ」


 突然の告白。ニーナは離れている間に起こった出来事を全て話した。自分がシャドウアタッカーを消さなければ世界が滅んでしまうことも含めて。話し終わる時にはテオの顔は真っ青だった。

「そうだったのか……」

 今まで暮らしていたホームが実は非合法な実験に手を染めていたこと、自分が怪物アンブラになってしまうかもしれないこと、そしてニーナに消されるかもしれないこと。地面がひっくり返されるような現実を突きつけられて冷静でいられるわけがなかった。

「でもテオ達を消すなんてできないよ。そんな悲しいことできない」

 暗闇の中で啜り泣く声だけが聞こえた。テオはニーナを抱きしめて落ち着かせようとした。ニーナも抵抗することなく腕の中で震えていた。

「……逃げよう。教団から、政府から」

 安易な提案は今の2人には宝石のように輝いてみえた。

「俺達はパートナーだ。離ればなれになんてなれない。そうだろ?」

「当たり前だよ」

 ニーナの首が縦に振られる。教団を裏切ることは後ろめたかったが今のこのかけがえのない温もりは自分の命より尊い。

「この戦いが終わったらなんて言わない。二度と離さない……俺と一生一緒に歩んでくれるか?」

 返事を待っていると唇に柔らかい感触が伝わってきた。一瞬だけの切ないキス。

「はい」

 強い意志をたたえた瞳が目の前にあった。

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