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第34章 罪深き人間

 どうやって先に進むのかはすぐに判明した。ビアンカが鏡に手を突っ込んだからだ。火花を飛び散らしながらもまるで水銀に飲まれるかのようにその姿を消した。ニーナも意を決して鏡の前に立つ。

「行くしかない」


 ここで鏡に写った自分がおかしい事に気付く。着ている服も違うし、少し身長が高い。目は草原のような緑色だ。悲しそうな、そしてどこか諦めたような表情にニーナは惹きこまれた。

「あなたは誰?」

 まるで誰かに助けを求めるように叫び、鏡を向こう側から叩いていた。しかし声は聞こえない。何を言っているのか分からなかった。そしてついにはその場に座り込んでしまった。

(正しいと思ってしたことなのに……)

 突然頭に響いた声は正しく自分のものだ。砂のように乾いて感情も風化してしまったようだ。そのまま砂嵐に攫われるように姿を消すと、普段通りのニーナの姿が鏡に出現した。


 鏡に触れば思ったより簡単に中に入ることが出来た。しばらくの白い空間を前に前に進むと、巨大な部屋に招き入れられる。

「すごい……!」

 一言で説明するならば世界一大きな図書館。それだけの量の本が天井に届かんばかりの本棚に納められており、時間の経過を感じさせる紙の匂いを漂わせていた。窓はなかったが宙を浮くオレンジ色の灯りに照らされて幻想的な空間を演出している。

「驚いたー。本当にこんな空間が存在していたなんてなー」

 中央の机の上で1人溜め息を漏らすビアンカは至極幸せそうだ。

「ここに教団の秘密が?」


「とか言いつつ本当は分かってるんだろ、ルシス様」

 急にビアンカの纏う雰囲気が凍りつく。間延びした喋り方ではなくなり声も冷たい。

「ここなら教団の目も届かない。ここから話すことは講義ではない。脅迫だ」

 ニーナは驚きで喉がつっかえた。この少女は何者なんだ。

「先に自己紹介といこうか。私はビアンカ。政府直属の研究所から派遣された魔法研究者。教団に秘密裏に入り込んだ言うなればスパイというやつだ」

 仰々しくお辞儀をすると話をそのまま繋げた。

「影が世界を脅かし始めてから、教団はその研究を主な活動とし、民衆の支持を集めていた。もしかしたら影を何とかしてくれるかもしれない。そんな希望の星だったんだろうね」

 その業績に埋もれた恐ろしい思惑があるのだと彼女は言う。今や政府より力の持った組織と成長した教団は、孤児を攫おうが非人道的な実験をしようがその煙をもみ消すことができる。

「待って、その孤児って……」

「そう、すべてのシャドウアタッカーに親はいない。孤児院にいた者や人知れず飢えて生き絶えようとしていた子供を連れてきては次々とその身体を改造していった。闇の魔法が使えるようにね」

「……」

 実験は多大な犠牲の果てに成功した。影を倒せる唯一の存在としてシャドウアタッカーは誕生した。本来生身の人間が使えない魔法を操り人々を救った。そう見えていた、表面上は。

「教団はシャドウアタッカーを作るだけでは満足しなかったようだ。確かにその気持ちは分かる。人間は何かを追い求めるのが大好きだから」

 政府より力をつけて世界を掌握しようと目論んだ教団は更なる研究を始めた。

「それがその影のモンスター化実験。ただの影じゃない、シャドウアタッカーの影を利用するのさ」

 ニーナはずっと落ちていくような感覚を覚えた。

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