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第30章 永遠に届かない笑顔

 戦闘開始からしばらく経ったが、テオもニーナも防御ばかりに集中していて戦いが終わる気配はなかった。本当にこの薔薇がヨハンなのだとしたら攻撃なんてできない。なんとか元に戻せないかと薄い希望に縋るしかなかった。

「ヨハン!目を覚まして!こんなことやめて!」

 必死の叫びにも反応することなく、茨の鞭が飛んでくるだけだ。ニーナはその攻撃を大剣の腹で受け流す。しかし次々に襲ってくる茨すべてに対応することは叶わずあちこちに切り傷を作っていた。

「ニーナ!後ろ!」

 テオの声が聞こえるのと茨が足に巻き付いたのは同時だった。食い込む棘の痛みについ声を我慢できなくなる。そのまま持ち上げられ壁に叩きつけられた。

「くそ!やるしかないのか!?」

 このままでは二人とも死んでしまう。迷っている暇はない。

 テオは最初の攻撃をすんでのところでかわし、3回連続で闇魔法のナイフを投げつけた。しかしそれも中央の花に届く前に茨に阻まれる。

「無敵かよ!」

 茨を何とかしないとどうしようもないことに気付き、次はブーメランを用意する。助走をつけ床を抉るように跳躍、空中で1回転しながら全身で投げつけた。再び戻ってくる時にはその軌跡にある茨と壁を綺麗に両断していた。

「ふっ……!」

 相手は恐ろしいスピードで再生しているがニーナが懐に潜り込むほうが早かった。目を瞑って下から上に斬り上げる。嫌な感触が手に伝わるのと、泣き声がかすかに聞こえたのは一瞬だった。


「やったな」

 テオが後ろで座り込むのが分かった。ニーナが目を開けると黒い粒子が充満している静かな部屋があるだけだった。部屋の主人はもう二度と戻ることはない。

 歩いて中に入っていくと机だった木片の上にキラリと光るものがある。

「……」

 それは写真立てだった。ガラスは木っ端微塵に吹き飛んでおり木の枠は割れており、中の写真もところどころ破れている。それでも写真に写ったクラウスの眩しい笑顔とヨハンの優しい微笑みがまるで今も目の前にあるような錯覚を起こして、ニーナはそれを抱きかかえて膝をついた。

「あああああああ!!!」



 絶望しか無い世界で悲しみや苦しみに飲まれた人間はその世界を壊そうとする。


 それは一種の救いなんじゃないかって今ではそう思うけど、その時の私はとにかく生きるのに必死だったみたいだ。

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