第28章 新人シャドウアタッカー
その日も雨が降っていた。
ヨハンはエントランスホールでまだ見ぬパートナーを待っていた。着ている黒の制服は真新しくしっかりアイロンがけされており、心に少しの緊張をもたらしてくれる。ふわふわとした癖のある髪の毛は朝整えたにも関わらず毛先がはねていた。押さえつけてもちっとも効果がない。
今日は初めての2人での実戦訓練で、朝早くの集合なはずだった。時間を間違えたのかと思っていたが、時を伝える鐘が鳴ってからも随分と待った気がする。
(最初から遅刻だなんて勇気あるなあ)
暇を持て余してエントランスホールと談話室を繋ぐ階段を登ったり降りたりを繰り返していたが、それも飽きて天井を仰いだ。
(早く来ないかなあ。どんな人なんだろう)
初日から時間を守れない人とコンビを組むなんてこれからどうなるんだろうとドキドキしながら、辛抱強く待ち続けた。
そしてそのまま日が暮れてしまった。
次の日、欠伸をしながら食堂のテーブルにつくと見知らぬ人が向かい側の席に座っていることに気付いた。向こうもこちらに気付いて無邪気な笑顔を投げてくる。
「よう、おはよう!」
元気に挨拶されて戸惑う。ヨハンは声を出すことができなかった。
手を振って反応すると自分の喉を指差して肩をすくめた。パクパクと口を動かすと相手も理解したのか何度も頷く。
「そっか!でも俺お前が何を言いたいかなんとなく分かる気がするぞ!」
読心術でも備えているのだろうかとヨハンが感心すると、相手はにししと笑って指をヨハンに向けた。
「朝が早くて眠いー!ってな!当たってるだろ?」
それはさっき欠伸をしていたからだと思うが、そんな雑な読心術にヨハンが吹きだす。なかなか面白い奴のようだ。
その後はその相手の話を聞きながら、相槌を打ったりスプーンを口に運んだりしていた。こちらが一言も喋らなくても湧き水のように話題が出てくるので退屈しない。話を聞いていて分かったのは、彼もシャドウアタッカーの卵であり、今日から実戦訓練を始めるのだと言う。そしてクラウスだと名乗った。
クラウスはヨハンの名前を知りたがった。スプーンを置いて指を机の上で滑らせた。
「Johann…ヨハンって言うのか!」
少しオーバーに反応しすぎだと思ったが、その後の言葉にヨハンも驚く。
「はじめまして!俺のパートナー!」
なんと昨日の訓練をすっぽかした本人であった。
ヨハンが指による筆談で何とか訓練は昨日からだったと伝えるとクラウスは必死に謝ってきた。昨日は一日中寝ていたのだと言う。こんなことでシャドウアタッカーが務まるのかと叱りたくなったが、筆談ではそれも難しく、諦めて表情だけで思いを伝える。クラウスはさすがに気持ちを読み取ったのか机にぶつける勢いで頭を下げた。
(面白い人だなあ)
ヨハンはクラウスの肩を軽く叩いて頭を上げさせる。そして右手を差し出した。よろしくねと口を動かすとクラウスもその手を握る。力強い握手が心強かった。
つい一年前の話である。




