第27章 傾いたハンマー
しばらく歩いてみるとだんだんと黒い水たまりは大きくなり、そして見つける頻度も高くなった。木の数が減り、今ではほとんど下草しか生えていない。
「……あれだ」
見通しのよくなった草原に全く似合わない黒い塊。格闘場で見たものよりずっと大きく、禍々しい気を放っていた。
「本当に人の形をしていないんですね」
その姿は蟹を思い出させる。甲殻に包まれて簡単に攻撃が通る気がしない。口からは泡ではなく黒い液体をダラダラと流し、地面の上に水たまりを作っていた。突起のついたハサミがギチギチと音を立てて開いたり閉まったりする。
「どうしたもんかな」
「あの殻に何とか穴が開けられないかな」
遠目に見つつテオとニーナが呟く。あれでは刃が通らない。
するとクラウスが自分の武器を取り出した。重量感のあるそれはハンマーだ。本人は軽々と扱っているが、地面に突き立てるだけで軽く地面にめり込む。
「打撃なら俺に任せてください!あの殻をぶっ壊してきますよ!」
そう言うとすぐにそのハンマーも持ち直して突撃できるように身構える。
「待て!考えもなしに突っ込むな!」
イグナーツの制止も聞かずに地面を蹴った。今日は調子が良い。翼でも生えたかのように身体も軽く、そして速い。敵手前で深く踏み込み空中へと飛び出した。
「よし!まずはあの背中を」
「嫌ああああ!!」
ニーナが悲鳴をあげ、リリーの目をイグナーツが塞ぐ。ヨハンの目が見開かれた。
一瞬だった。
ハサミがその重量からは考えられないスピードで動いた。クラウスの身体がいとも簡単に切り裂かれ、断片が宙を舞う。そして地面に落ちる前に煙のように消えた。
「そんな……」
持ち主を失ったハンマーだけが地面に突き刺さった。悲しげに傾き、そしてその動きを停止する。
死がすぐそばにある。生きた心地がしない。現実を目の前にして残りのメンバーは声もあげることができなかった。足は竦んで貼り付いたかのように動けない。
「あ……」
クムエナが空気を求めて喘いだ。それをきっかけに正気を取り戻す。
「撤退だ!こんな状況じゃまともに戦えやしない!逃げろ!逃げるんだ!」
エイブラハムがみんなの肩を叩く。リリーを抱き、ヨハンを担ぎ走り出す。クムエナとイグナーツも走り出した。テオはニーナの手を取って引っ張っていく。
自分の情けなさに涙しながら必死に走った。森を出る頃には満身創痍になっていたが、まだあの影が追いかけてくるような気がして足を止めることができなかった。




