第14章 兄妹喧嘩
リリーは隣の部屋の声を聞き逃すまいと壁に耳をくっつけて盗み聞きを続けていた。
「こら、やめなさい」
死角からのイグナーツの手刀を受け止めて唇を尖らせる。名残惜しそうに壁から顔を離すとそれまで座っていた椅子から飛び降りた。
「はあ、女の子は恋に敏感じゃないと生きていけないの!イグナーツはそれだからモテないのよ!」
イグナーツは指を差されようがポコポコ殴られようがあまり気にしたような風は見せず、逆に反撃とばかりにリリーの脇腹をくすぐった。
「仕事相手が妹じゃ恋人もできないわけだ」
イグナーツとリリーは友達でも親友でもない。血のつながった家族であった。
兄弟揃ってシャドウアタッカーの素質を持っていることはとても珍しいことであり、史上初となった。兄が前で盾を担当し妹が圧倒的火力で敵を叩き伏せる。息のあったコンビネーションで今日まで生き残ることができた。
「ふふん、リリーのパートナーになれるだなんて光栄でしょ?」
「はいはい、そうですね」
リリーは確かに強くて頼りになる。しかし女の子であり、まだ10歳なのだ。自分がしっかりしなくてはいけないとイグナーツは常日頃から思っていた。
「テオはシャドウアタッカーを集めて総攻撃することに決めたようね。でも一癖もふた癖もあるお兄さんお姉さん相手に協力を求めるだなんて出来るのかしらね?」
お前も十分癖があるだろの言葉は飲み込んでイグナーツは考える。確かに一筋縄ではいかないところもある。
今までは二人組で行動することしかなかったのでパーティーを越えての連携攻撃はやったことがない。あのモンスターを相手に全員が全力を出し切れるとは考えにくかった。
「前回はヘマしたけど今回も二人の方が良いと思うんだよねー」
「そう思うならあの硬い鎧を突破できる攻撃をしてくれ」
「それは前衛のイグナーツの仕事でしょ!?」
これくらいの口喧嘩ならいつものことだ。機嫌を悪くするようなこともない。
しばらくして兄が咳払いをして間を取る。
「まあ難しいとは思うがやるしかないだろう。早く協力者を集めないとな」
うししと口を押さえてリリーが笑った。
「イグナーツが泣きながら説得すればもしかしたら大丈夫かもねー?」
「そこはリリーの泣き落としだろ。……ああ、素直でも可愛くもない少女の説得なんて誰も効かないかもな」
またドタバタと喧嘩することになったのは言うまでもない。