第12章 薬包紙とメモ
逃亡した影を追うために出撃準備を始めたニーナを置いておいてテオはまた診察室に来ていた。ヘレナが渡してくれたコーヒーの入ったマグカップを両手で握りしめて彼女と向き合う。
「ヘレナ、ニーナのことで相談があるんだけど」
ヘレナはテオの方をちらりと見て、またマグカップに視線を戻した。
「何かしら?ニーナはちゃんと健康なんだから心配することなんてないわよ」
「ニーナの魔法属性についてだけど」
空気が冷えるような気がした。やっぱりヘレナは何かを隠してる。
ニーナに魔法が使えないなんておかしい。あれだけの純粋で意志の強さを感じる力を持っているならテオと同じくらい…いや、もっと大型の魔法だって使えるだろう。それが自分の身体を維持することもままならないだなんて今でも信じられなかった。
「パートナーである以上、知らないことは知りたいと思うのは当然だ。ヘレナならいつもニーナを診てるじゃないか。何か教えてくれよ」
出会った時に自分が倒れたこと、初めて一緒に戦ったこと、そして持病について……考えれば考えるほど謎に思うことが増える。
つんとする薬品の臭いに空気の流れる音がしばらくその場を支配していたが、ヘレナのため息でその静寂は破られた。
「そうよね、気になるわよね……」
マグカップを机の上に置いて顔を近付けると聞き逃しそうな小さな声でテオに話しかけた。
「あの子の属性は極秘情報なのよ。もし本人にバレたら教団が潰れるほど危険なものなの。教団がなくなったらシャドウアタッカーもいなくなる。世界が危機に晒されるのは分かるわよね?」
でもと反論するテオの肩に手を置いて黙らせる。
「1番危険なのはあなたなのよ。私はニーナには戦闘に出したくないの。テオは違う人とチームを組んでほしい」
ニーナとコンビを解消するなんていまさらそんなことは出来ない。それにテオとニーナにチームを組むよう指名したのは上の幹部たちだ。担当医にそんな権限もあるわけがない。
「ニーナが危険なわけ……」
ないと言えない自分を呪った。自分が倒れたときのことを思い出すと断言できなかった。ニーナの手を握った時、血液が沸騰するように暴れているにも関わらず足元から冷気が襲ってきて、猛烈な吐き気と頭が割れるような痛みに目の前が真っ暗になった。ニーナ本人に言ったことはないが、あれはテオのちょっとしたトラウマになりつつある。
「今は本人も感情の高ぶりさえなければあなたに危害を与えることはないけど、それでも何かあってからでは遅いから……ね」
ヘレナはテオのポケットに薬包紙を突っ込むと部屋から追い出した。
テオは重い足取りでニーナの部屋に向かった。手に握られたのは先ほど渡された薬包紙だ。中には白い粉が入っている。一緒に「彼女に飲ませること」とメモしてある紙が入っている。魔力がほんのり感じられる粉は今のテオにとっては毒のように思われた。
「ニーナに何が起こっているんだ……」
指先に粉をつけてなめてみる。するとごく少量なのに脱力感に襲われた。魔力を抑えるものなのだろう。一気に飲ませればしばらくは出撃も出来なくなるだろう
「くそっ、俺に何が出来る?」
壁をドンと叩くと遠くで額縁が床に落ちて割れた。