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オーバーモンスター・コワード  作者: 心許ない塩分
フレンドインファイア
92/106

10 歪みのshi(e)ld(7)



【――その日も、雨が降っていた】




「行くぞ」


 短く鋭いコワードの声が辺りの木々に響いた。

 前傾姿勢に傾けた身体で強く足を踏み出し弾かれた土が反動に大きく跳ねる……既に脅威としての力は失った機械弓は右腕に抱えられ、前を向く見上げる視線は防具によって固められた左腕に塞がれる。

 僅かな光を照り返す短い刃はその左手に握られ降りかかる雨が流れる雫となって刃先から落ちて行く。



「……」



 ──無謀だな。

 『俺』には、そうとしか思えない。


 意気込みだけを伝える高い声も、必死に土を漕ぐ足も、端から見れば悪足掻きにしか見えない滑稽な姿。

 世の中には、気持ちだけでどうにもならない事はある、それを理解しないというのはある意味幸せな事かも知れない──



「このおおおっ」


「……」


 叫び通る声に余計な意識を切り捨て、単純な動きに合わせ手を動かす。




【――見上げた空は一面を覆う黒い雲。まるで滝のように強い雨が降り続け、容赦なく体温を奪っていった】




「ハッ」


 手にするハルバードの上下を返し黒く光る斧刃の代わりに下を向くのは獣の鋭い爪を彷彿とさせる突起部。

 今までは、実力差を分からせる為にわざと受けていたが今となっては待つ必要もなかった。

 知らずに走り寄るコワードの姿に期待しか見ない身の程知らずな村人達の姿を重ね。現実を教えてやる為に口を開く。



「遅い」

「ッ!?」



 口端に見せ付けるように浮かべる笑み。尖る鉤爪は狙い違わず振り下ろされ頭部を守っていた左腕に食らい付く。



「ぐッ」

「……」



 手の中へと返ってくる確かな反動。接触を報せる音。


 考えもない突進に狙いを外せる程甘くない。避ける間もなく組み合わさる鉤と篭手は沈み……何かが軋む音と共に目に入るコワードの顔が強く歪む。


 ──見なかった事にする。




【──『あの日』その場にいた誰もが周囲の景色と同じ暗い表情を浮かべて俯いていた。微かに目に入る顔に覗くのは濃い疲労と恐れ……誰もが思った諦めと言う言葉。口数の消え失せた周りには雨打つ激しい水の音しか耳に届かない】




 ──雨は、嫌いだ。


「チッ」

「……」


 痛むはずだ、まだ諦めないのか。

 鉤爪によって無理矢理下ろされた腕を振るおうとする足掻きに振るわれる手は届かない。

 コワードの外套の下から覗く炎の光、隣に浮かび上がる弓の醜い姿。……やはり、これがあるからいけないのか。


「──」

 振り下ろした鉤爪の奥で守るものを無くした頭と胸とが露わになる。見開く瞳と食いしばった歯の左下。

 腕に抱える弓へと狙いを定めそのまま上を向いた刃を滑り込ますように刺し入れる。

 とても、避けられたりかわせるタイミングではない。



「終わりだ」


「ッ──!?」



 簡素で短い終わりの言葉。

 握るハルバードに力を込め、剥き出しとなった無力な武器を壊させて貰う。


 縋る物がなくなりさえ気付くだろう、自身の思い上がりに。

 数秒の間もなく自らの手の中で愛武器の砕ける音を聞くコワードを思い少しだけ勝ち誇る笑みが崩れるが。


 ──お前が、悪いんだ。



「──」


 刃の触れる一瞬手前。目に映るコワードの瞳が輝いたように見え武器と武器とが音を立てて重なった。




【──誰もが口を閉ざす中でただ1人、顔を上げ声を漏らす人間が居た。……嫌な記憶だ。『オレが行く』という根拠もない無造作な一言に考える事を忘れた自称仲間達は顔を上げる】




「な」


 手に伝わる衝撃は……余りに軽かった。

 接触の反動に木々の葉の下に影が飛ぶ。半分に砕かれ折れたクロスボウでも割れた弓部でもなく本体そのものの姿が。


 悠々と闇を舞う姿に続き確かな接触を知らしめる小さな破片が空を飛び、地に落ちる。


「らあああっ」

「!?」


 押し止められていたコワードが身体を前に無理矢理足を踏み出した……意識的なその行動に飛んでいった弓が偶然ではない事を思い知らされる。


 まさか自分から……投げたのか。

 唯一頼れるべき力にそんな事──『期待』が無ければお前が勝つことなんて絶対。



「チッ」



 まだ、武器があった。

 視界の隅で微かに照り光る小型の刃。爪により無理矢理下ろされた左腕には未だ握られたままの短剣が握られ振り上げられる。


 ──ゆっくりと動き出す身体にまだ間に合うと確信は持てた。単純な奇襲だけで覆すには積み重ねて来た時間も実力も違いすぎる。

 急速に手元へと引き戻すハルバード。所詮付け焼き刃だけの剣術は無駄が多く、踏み込む足も遥かに遅い……余裕を持って対応出来る。


 短剣よりも早く動くハルバード。切っ先を宙で反転し、迎え撃つべく意識は刃に集中される。


「──ハッ」


 受ける訳がない。防ぐ自信がある。

 肉迫するコワードを軽くいなし、飛ばされていった弓を追い、改めて壊せばそれで終わりだ。

 ようやく……こんな茶番も──




「……は?」


「──」


 受ける意識の外から『ぺちゃり』と、弱々しい衝撃が俺を襲った。




【──何故そんな風に簡単に言えるのか、そんな奴じゃなかったはずだ。

 何故そんな風に単純に信じられる、頭で考えれば分かるだろう。

 口から出任せの希望ある言葉に意志を無くした人間はこぞって縋り付く。そのせいで──そのせいで】



「コ……」



 左目の端に映った細い指先。頬打つ弱い手に繋がる先に見えるのは目一杯に伸ばす腕と震える肩……俺を見る二つの目。



「コワー──」

「スカした、事を……」



 伸ばす右手が戻される。

 振り上げた左手に未だ握られる短剣……まだ、大丈夫だ。

 不意打ちに頬を叩かれたといって威力が弱過ぎて被害にもならない。

 次に来るだろう剣の一撃を止めれば十分に返せる。


 来るだろう一撃を


 一撃を……



「光が──とか」



 ──意識を集中させていた刃が視界の先で雨降る夜の影に消えていった……これが何か特殊な剣の振り方であれば俺は知らない。

 握る手のひらから短剣そのものを後ろに投げる切り方が何処にある。


 振りかぶった腕。

 全く違う、実力もなく半端で小さな冒険者の姿に思い出したくない……言葉と笑みとが重なって思い浮かぶ。



「何かに希望や期待を持って──」


【──『……任せろ!』】


「何が悪いんだッ!」




「……ハ」


 刃を手放し、握り固められた拳が迫る。

 煙る視界に次第に広がっていくその形に、構える身体も握られたハルバードも動き方を忘れたように静止する。



「お前──」



 ゴンッと触れた瞬間に流れる軽くて重い音。右頬に溢れた痛みは随分と長い間忘れていたようなものだった。




───────。




「……く」


 軽い。自分でもそうと分かる大した事のない威力。

 偶然に偶然を重ねて喰らい付けたシルドの頬は衝撃に微かに首を傾けただけ。

 ……自分でも、かなり絶望的な力加減だったが他に方法がなかったのだから仕方がない。



「くっそ」



 半ば以上捨て台詞に近い言葉を吐き触れたシルドの頭から腕を離すと後ろに下がる。

 手離した訳じゃなく、投げてしまったクロスボウと短剣とをいち早く手で拾い上げ。離れた場所から構えを取ると振り返る。

 泥が付いてしまった愛武器に心中で謝罪し、対峙をしたのはいいがこれからどうするべきか実際は何も思い付いていない。


「クッ」

 撃つのは、論外だ。

 切り付けたい訳じゃない。

 振り切る実力がないとしたらもうどうすれば……こうなれば分かるまで威力が無くても殴りかかってみるか。そんな無謀な考えに至った所でシルドが動き出す。



「シルド、まッ……え?」



 マズいと感じて制止に掛けた言葉は意味のないものとなる。



「……」



 無言で俯くシルドは立ち塞ぐ先からまるで道を譲るように近くの樹木へと背中を預け、深く息を吐き出すと手にするハルバードを地中深く突き刺しフードを被った顔を下へと向けると低く顔を伏せた。




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