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オーバーモンスター・コワード  作者: 心許ない塩分
フレンドインファイア
91/106

09 歪みのshi(e)ld(6)



『下手な希望や期待は人の目を曇らせる』



「ハッ、ハァ!」


 荒れる息を手で抑え滑り込むようにして草葉の影まで回り込む。立ち上がり背中は一本の古木へと押し付けて。

 太い幹に周囲は先の見えない影、雨に揺れる木の葉に反響しシルドの声が辺りに響く。



『お前も見たろう。──冒険者ならきっと倒すだろう──そんな曲がった期待が村の人間の判断をねじ曲げ居ないモンスターを作り上げた……バカらしいな』



「く……」


 マントの下のランプの灯りを絞り手の中のクロスボウに上から手を添える。

 幾度の刃の追撃に弓床下部の表面は大きく削られ、露出した木目から粉状の木片が流れ出し雨粒に混じって地に落ちる……武器として肝心な弓に弦や背面の巻き取り機が壊されなかったのは不幸中の幸いか……あるいはシルドによるわざとかは知れないが、遜色自体は未だに失われてはいない。



「大丈夫、撃てはする……けど」



 首を伸ばし、隠れる木の端から後ろを覗き込むように目を向けた。


 煙る雨。

 見通しの悪い暗闇。

 そこに人の居る気配だけは感じられても正確な位置までは分からない。


「……くそ」


 握り手部分近くまでボロボロに変貌したクロスボウ、添える指先に飛び出した木の欠片が刺さり肌に触れる。

 カチカチカチと勝手に鳴り出す金属の音は自分の手首の震えによるものか。クロスボウ自体の破損か。よくは分からなかった。



『はあ』



 零れる溜め息の音が風に乗り、振り回すハルバードの重い音が近くの木々へと振るわれる。

 金属と樹木の接触の音に、対象を砕く破壊の音が混じる。


 目には見えない影に覆われた先から何か小さな欠片が空へと飛び立ち地面を転がりながら足元で停止する。辿り着いた欠片は分断された樹木の一部、縦へと割れた木の皮に密かに息を飲んだ。



『なんでこんな……』



 呆れとも聞こえるセリフだが抑揚は薄く判断は付かない。反論に声は上げたくなっても単に位置を知らせてしまうだけなので口は結ばせて過ぎ行くのを耐える。


「……」


 隙を付いて、逃げ出す事は出来た……はず。

 泥に足を取られながら走り木々の茂る森の中に入った頃から明確に刃を突き付けられてはいないので小さな安心感がある……しかし、一体どうやっているのか道標も何もないはずの夜の森を、追い立てるシルドは確実に迫り、突き放すまでは至らない。

 外へと漏れ出るランプの炎をマントに隠し隙を伺い意識は背後に集中させる。


「……ツッ」


 振るわれるハルバードの音がここまで届き、ギリと強く手に掛かる力に腕の中のクロスボウが音を立てて軋む。


 ──多分、間違いはないだろう。シルドの狙いは自分自身から武器であるクロスボウそのものへと変わり執拗に刃を突き立ててきた。


 言動から察して戦う力自体を奪うらしいが『殺す』とはそういう事か……一体何がそこまでシルドを駆り立てているか分からなかったけど。


 ただ──壊されるという訳にはいかない。


 まだ、クロスボウには出番があった。次がある。


 この後『獣』を倒す事こそが本番で、シルドに好き勝手をさせる訳にはいかない……何より今まで使ってきた大切な愛武器だ。それをどうこうしようなんて……同じ冒険者としてシルドが何を考えてるか理解も出来ない。



『結局、お前も同じだ』



「ッ」



 流れるシルドの声がすぐ近くで聞こえ、息を潜め、身は低くする。


 聞こえる言葉は平坦な声音、低い呟きでただ事実だけを漏らすように淡々と続けられる。



『ふん……自分は違うと言いつつ結局は勝てる見込みのある武器を頼る、一体どんな気持ちだ』



「……」



『無駄な事を、同じなんだよ。勝てる希望を見たから武器を取ったんだな、こいつらに……害獣を駆除をさせればいいと押し付けた村人と何も変わらない』


「っ」


 声はどんどんと近付いて来た。進む足取りさえ聞こえて来そうな距離。コートの前をきつく締め、息を殺して過ぎるのを待つ。

 少なくとも至近距離であればシルドに勝てる見込みは皆無だと分かった。実力も経験も差は歴然で……出来るなら見える位置、距離は離し、狙うクロスボウで脅すだけ脅してこの訳の分からない諍いを終わらせる……それしか案は浮かばない。


 嫌な言い方だけど確かにシルドの言う通りで、期待を寄せられるのは強力な冒険者装備だけで、それ以外では相手にもならない……悔しいながら力が違い過ぎる為仕方がないと思うしかない。



『……』



 僅かに、息呑む間

 雨音の中に上げるシルドの声が通る。



『【また】俺を撃つか』


「ッ!?」



 シルドの言葉が、耳を打つ。……冷静になればそれが挑発と分かっても咄嗟に出て来る反応はどうにも出来ず身を堅くする。



『どうせそれも武器だ。やる事はひとつだろう』


「ッ、ク」


『撃って傷を付け、邪魔な相手より優位に立ちたい。そういう事だ』


「ぐ」


『この、人─しが……』


「ちがッ……ぅ」



『…………』



 ……飛び出し掛けた言葉に反射的に手で抑え、留める。

 『違う』と明確な言葉に変わるのは防げても、位置を知らせるには十分な音が流れ影の中の気配が動く。



「そこか──」



 声は……すぐ傍で聞こえた。


「まっ」


 木へと預けていた背を外し、前のめりに倒れ掛かると迫る暴風の音。


「うあッ」


 雨を切り、樹木を横に寸断する黒い刃。先程まで寄りかかっていた太い幹の八割近くまで刃が没し、摩擦と強い接触によって気化された水分が僅かな霧となって切り口に踊る。


 ゴリゴリゴリ、と中側から砕く音に刃は抜け宙を巡ると樹木を押す。僅かな間を以て支えを失った木が斜めに裂けて地面へと崩れ落ちる大きな音が鳴る。


「う」


 一刀で斬り倒された木のズタズタの切り口に酷い戦慄が走り、距離を取って走り出そうとするが背中から掛かる強い声によって止められる。



「無駄な……いい加減にしたらどうだ」


「グ」


「ハア……希望や期待を持っていても現実はそうは変わらない」


「……」



 駆ける足が止まり、後ろを見て振り返る。


「……」


 夜闇に佇むシルドはハルバードを静かに構え、高い位置から見下ろすように下げる視線と共に口を開く。



「期待は現実を変えるものじゃない。そんな武器を手に入れてお前自身は変わったか?」


「……く」


「……そんな訳はない。実力不足で弱い、臆病者で半端な、そんな冒険者だろうお前……この先に居るかも分からないただの獣に、お前だったら絶対に勝てるか?」


「そっ──」


「ムリだな」


「……」


 シルドへと睨み付ける視線が一瞬力を無くして辺りを迷う。


 勝てる、勝てないかもじゃないんだ……やらないといけないからやる、そうしたい。仇を討ちたいからしてるだけで……弱い、無理だと。そんな事を、シルドに言われる筋合いは。



「……いい事を教えてやろう」


「ぇ」


「光は、毒だ。もしかしたら、出来るはず、きっと……そんなもの病気だ。しっかりと現実を見ろ」


「クッ」


「ここに居るのは『コワード』だ、そうだろう? お前には無理だ。そんな身の丈に合わない装備に頼っても、変えられないものはある」


「ギっ」


「……諦めろ」



 シルドの……ハルバードが視線の先で揺れた。

 剣呑な光を持つ黒い刃から滴る雨が伝わり刃先から零れる。先程切り砕いた木々の名残か張り付いた小さな欠片が流れに従い下へと落ちていった。


「……」


 分かっている──わざわざシルドに言われなくても。自分の見た物や反応を一番よく知っているのは自分だ。


「……」


 このまま奥に行って本気で手長を倒せるか。言われれば揺らぐ程度の自信。

 それ以前に目の前のシルドをどうにか上手く突破出来る手筈もない。


「……ハ」


 ──光は、毒。期待に、希望……か。



「──」



 クロスボウの先を無言で跳ね上げる。

 一瞬、シルドが警戒に身じろぐが狙う先は全く別方向の暗い夜。



「分からないだろ、そんなの」



 引き金を、無造作に引いた。


 僅かな抵抗の後に飛び出す矢、光を引き、雨を裂く矢弾は視界の先にすぐに消えていき、見えなくなった。


「はぁ……ふ」


 息を吸い……吐く。

 シルドへと向き直るように体勢を変え、空っぽとなったクロスボウの中身に次の矢の装填は行わず手で持つだけで構える。



「……本気か?」



 感情を感じさせなかったシルドの声に初めての強い驚きと……微かな嘲りが混じった。


 どう感じられようとなんでもいい。退かないなら分からせる……味方殺しになりたい訳じゃない。最初から変わらない事だった。



「オレはお前と違う」


「……それはさっきも聞──」


「聞いてない」


「…………」



「はぁ──」



 左手の中で短剣を握った。

 矢のないクロスボウを右脇で構える。

 迎えるハルバードの刃の先を見て息を吐き足に力を張った。


 目に見えるシルドにもえ手加減を加えるような様子はなかった。立つのも正面、特別に奇策や勝算がある訳ではなかったが……ギリギリの『考え』がない訳でもない。



「行くぞ」



 何度目かの自分へと向けた気合いの言葉。肩へと回したクロスボウの掛け紐を外すと自由にし、最初の一歩を踏み込む。


 一番重かったのは一歩目だけ。後は思ったより自由に進み願うように駆けられた。


 張り出た木の根を避け、泥を飛ばし、右手に加える力に強く握る。



「このおおおっ」


 『最後』となるシルドとの攻防に声は張り上げ、揺れるハルバードの牙が


「……」


 真っ直ぐに振り下ろされた。




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