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オーバーモンスター・コワード  作者: 心許ない塩分
フレンドインファイア
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08 歪みのshi(e)ld(5)


「く、つッ!」

「……」


 手首に伝わる重い痛み。振り上げるクロスボウの弓床とハルバードの刃とが正面から接触し嫌な音を立てる。視界の端を飛び越えて落ちて行くのはクロスボウ本体から剥がれた木片か……鈍い後悔に視界は一瞬下へと下がるが直ぐに意識を立て直し前へと向けて拳を突き出す。



「退けって!」

「……ふん」

「チッ」


 伸ばした腕は簡単に、軽い挙動に避けられ空を切った。


 火の光の届かない影の奥で引き戻されたハルバードの先駆け揺れ僅かな反動を付けるとほぼ同じ軌道を巡って襲い掛かって来る。


「っ」


 凶悪で剣呑な光を吸い込む刃……しかし迫る凶器は不思議な事に先程見せた急接近のような目にも止まらぬ動きではなく比較的ゆっくりと、命を刈り取る刃の鋭い刃の波すら見える程度で迫る。


「っ、この!」


 自分の目と身体が慣れて来たのか、それとも単純にシルドの疲れからか……どちらでもいい、これなら、行けると思えた。


「ダッ」

 即座に反応し振り上げるクロスボウの裏側。鋭いシルドの一撃と比べ鈍い音を立てて空を押す鈍器は迫る刃を空中で受け止め、押し留める。


「……」


 雨降る闇の中に再び衝突音が鳴り響き刃の道筋をクロスボウは確実に止めてくれた。例え強力な冒険者装備でも同じ部類となるとそう簡単にはいかないのか……小さく剥離した表面が宙を飛ぶのは気に食わないが易々と壊れはしない。


「……ふ」


 見つめるシルドの瞳が一瞬細まった……ように目に見えた。

 自分に対する驚きの反応か、もしくは別の何かか。そうそう、やられてばかりもいられない。

 気を強くし僅かな隙へとクロスボウの矢を撃ち込むのではなく代わりに振り被った腕を前に出す。

 出来る事なら一発殴ってやって終わらせたい。クロスボウは取り出したにしても再び撃つ事には迷いが残っていた。


「……ク」

「……」


 突発的に近い形で繰り出した拳はシルドには触れられずに通り抜け、素早い足捌きで距離を取られると三度シルドはハルバードを振り被る。

 

「……」


 全くと言っていい程同じ軌道、緩やかな速度──舐めているのかと頭を一瞬よぎったが、そこまでの余裕はさすがにない。


「この」


 もう一度クロスボウを振り上げようか一瞬思うが踏み留まる……代わりに頭を庇う左腕を上へと掲げた。

 何か特別な思惑があった訳でもなく単純に鎧の左手ならそれだけでハルバードを止められると思ったから、迎え撃つ必要のなくなったクロスボウは腰付近に構え、続いて来るだろう腕からの衝撃に歯を食いしばり待ったが……衝撃は、訪れない。



「ぇ」



 視線の先を、緩い軌道を描いていたハルバードが突如として有り得ない動きをし構えた腕を綺麗に『かわして』懐まで入り込む。


「!?」


 目に映る鋭利な切っ先。

 剣呑な光を放つ斧刃。

 奇妙に曲がった鉤爪の先が顎先を睨み、例え防具の上からであっても身体を突き抜けて行く凶器の想像に身体は硬くなるが降り掛かった衝撃は胸でも首からでもなく『右手の先』から。


「な、チッ」


 手に持つクロスボウへと器用に重なる刃の影、擦れ違い斬り付ける勢いに手先は揺れ……辛うじて、クロスボウを手放してしまう事だけはギリギリで防ぐ。


「く」


 どうやら運良く──クロスボウが身代わりとなって刃を引き受けてくれたようだった。自分の少ない幸運に感謝する中『また』同じ軌道を取ってハルバードは振り上げられゆっくりと反応出来る早さで落ちてくる。


「……」


 次は、余計な事などしない。反射的に振り上げたクロスボウは見事に刃を捉え受け止める。


 鈍い音と共に衝撃に手は痺れ睨み付ける視線の先で


「ふ」


 シルドは、口端を持ち上げて密かに笑う。薄く歯を見せたその笑みに苛立ちから伸ばす手が迫るが触れるに至らず空振りをする。


「チ、このッ!」


 ──またか、と心の底でそう呟く。

 目に見えるほぼ同じ動作、緩やかな動きでハルバードの先端は跳ねる……刃を引く時と拳を避ける時は段違いの早さなのに攻撃の瞬間となると極端に遅く手を上げ返せる程鈍い。


「いや……」


 何かあるかと穿ってみても出来る事は少なく、迫る刃に向け苦渋の思いでクロスボウを振るう。


 響く、鈍い音。

 小さな欠片が空に飛ぶ。


「ッ!」

 出来上がった隙に迷いながらも左太股から残った短剣を抜き取るとしっかりとシルドの防具の上を目指して突き立てた。


 何も傷付ける訳ではなく止めるだけ。

 ……しかし拳より多少は長いリーチでも接触の音はなく、マントの下から覗くランプの火が細い刃の突き抜けた通り道を照らしただけ。

 一歩軽く後ろへと下がったシルドは切り返しにハルバードを走らせ雨を裂く刃が降ってくる。


「くのっ!」


 迎撃に斬り付けるナイフの先端。

 先程までのシルドが刃を受ける構図とは反対に、振り下ろすハルバードへと向かい短剣は迫るが──空を切った。


「な!?」

「……」


 長い柄、大きな刃。その全てが空中を滑るように動き鋭い矛先は圧倒的に軽い短剣よりも早く。


 前へと腕を突き出した体勢により顔も前に、喉元はコートの下を飛び出て守るものもなく露わになる。


「──ッ」


 マズいと、思った。

 鋭利な刃は空中を踊り、揺れる切っ先を固定すると前へと突き出す。変幻自在な動きは力任せの印象を覆しながらも変わらぬ暴力で前に……伸び切る左手とは反対に内側に入り込む。



 ドクンと一度胸が大きく鳴り顔色すら蒼白に変わる決定的な隙。

 ……しかし襲い掛かった衝撃は自分自身にではなく『クロスボウ』へと向けて。


 落ちる。


「なっ」

「……」

「くそ!」


 痺れる痛みと衝撃にが手先の感覚を一瞬麻痺させ、見開いた視界の隅を飛ぶ小さな欠片。額すらぶつかる程の距離までシルドの顔が迫りフードの下の細めた視線が自分を見た。



「分かるか」



「──」


 先程も聞いたようなセリフに、しかし今は違う意味を持つ言葉だとハッキリと分かる。


 風を巻いてハルバードが暴れる。

 音だけ聞いてそれと分かってしまう程、嫌と聞いた音だ。


 近寄っていたシルドの顔が後ろに下がり、微かに見せた口端だけの笑みを残し、砕けた破片が舞う。


「シ」


 黒は雨を裂き、土を抉る。

 獲物と見定めた相手を斬り付け声の代わりに鳴り響くのは鈍い音。砕けた木片は血肉の代わりとなって泥に落ちた。


「ッ」


 衝撃の尾を引き後ろに下がる斧刃は水気を吸い込み、次いで高く掲げられる。準備は速やかに終わり、次に来た斬撃は緩やかなものではなく鋭く最高速の速さで迫る。


「!?」


 必死に、身を捩り腕を内側へと庇う。手の中で胸へと抱えたクロスボウの横を鈍い刃が素通りし、地面に接触するとその威力を思い知らせるように水溜まりが縦へと割れる。


「ふん」


 跳ね上がる汚れた飛沫をものともせずに黒い光は後ろに下がりシルドは笑いながらこちらを見る。



「よく避けたじゃないか」


「……お前」


 襲いに来る刃の代わりに聞こえたのは賞賛とも嘲りとも取れない抑揚の全てを削ぎ落としたような声。

 走る嫌な予感に足をバタつかせて土を蹴り、ハルバードの先が届かない位置まで距離を取る。

 強く一歩を踏み出す毎に手の中でカシャリカシャリとクロスボウが不自然な音を鳴らす。


 十分に駆け、距離を離したと思って振り返れば



「あれば、結局頼る……そういう物が悪い」


「ッ──」



 目の前に迫る切り取る刃。

 決して自分に向けられたモノではなく空中を斜めに駆け、進む先には『弓』があった。


「このッ」


 背後へと倒れ込むようにやり過ごすと風を孕んだ刃の重い音が過ぎ去った。

 間一髪でかわした先には待つ地面。泥の上を滑って土の上を転がり進む。


「グ」


 冷たさと熱さとを同時に頬に感じ、視線を前へと向けるとゆっくりと武器を構え立ち尽くすシルドが目に入り、笑む口元とは違いニコリともしない瞳が自分を見下ろしている。



「いざという時にそれがあれば、誰かが居てくれたら何とかしてくれる……そんな都合のいいものなんてある訳ないが」


「ッ!? おいシルド、お前何考えっ」



 見下ろす瞳にやはり色はない。無表情に近い顔の上半分に対し薄く笑う口元は対照的で……シルドがやろうとしている事に思い至り、背筋に寒気にも似た何かが駆ける。


 ──いくらなんでも、相手が気に食わないからってやる事が過ぎている。そこまでするか? 普通。



「チ」


「考え直す気になったか? 尤もそんな分不相応な玩具が無くなれば自然と冷静になれるか」


「冷静!? ふっざけんなよ、シルドお前何を考えて! 人に冒険者がどうとか言う前の──」


「分からないか」


「分かるか……ッ!」



 振り上げたハルバードが降り掛かり、悪い体勢から防ぐものもなく仕方なくクロスボウを振り上げる。


 響く衝突の鈍い音、握る指先を通して手首まで衝撃が伝わり。



「お前の為に言っている……頭を冷やせバカが」


「ッ、どっちがだ!」


「お前がだ」



 シルドは再度ハルバードを振り上げる。もうなりふりもない泥を掻き立てて這ってでもその場を逃げ出した。


 視界の端で零れたクロスボウの破片が僅かな抵抗の後に土に沈んで行く。そんな目に本体まで合わせる訳にいかない。



「勝手、過ぎるだろが!」


 振り下ろされる切っ先に背後の土が跳ねる。




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